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ご挨拶

当協会創立70周年を迎えて

 会長                   
           梶本 徳彦


NPO大阪府日中友好協会は今年創立70周年を迎えました。20年前に発刊された50年史を読み返して改めて先人の方々のご奮闘、ご苦労に頭が下がりました。

さて、この10年を振り返ると、最大の特徴は「政冷経熱」と言われた時期から、両国首脳が直接対話するという新たな友好的段階に入ったという良き変化である。この間、日中両国の民間交流は絶えることなく継続し、今日では人的往来は1000万人を超えるようになり、また、経済活動も拡大し今や両国は切っても切れない密接な関係となっている。今年1月から猛威を振るっている新型コロナウイルスの為に、習近平主席の国賓としての来日が延期されたが、早期に実現することを期待したい。

我が協会にとっては、谷井前会長の功績を取り上げないわけにはいかない。2006年に会長に就任後、強いリーダーシップのもとに組織を立て直し財政基盤を確立された。2014年の第14回日中友好交流会議を大阪府日中が主管した時も、谷井さんの指揮のもとに困難な問題を克服し400名を超える参加者を得て成功させることができた。多くの会員が裏方として会議の運営を支え、そのノウハウと組織的力量がその後の西日本地区日中友好交流会議などに活かされている。

また、この間に大阪三島、守口門真の二つの地区協会が設立されたことも大きな前進である。

この原稿を書いているときは新型コロナウイルスの世界的蔓延のために日中間の往来がストップしているが、大阪と中国各地の間の激励、支援活動は行われている。速やかに終息し活発な人的往来など交流が再開されることを祈っている。

創立70周年を節目に、会員の皆様の力を結集し事業の継続発展と組織の拡大など活動をさらに前進させてまいる所存でありますので、日中友好のために活動されている各界各方面の皆様のお力添えをお願い申し上げます。


大阪府日本中国友好協会創立70周年に思う

 名誉会長
             谷井 昭雄

 1950年に発足した大阪府日中友好協会が数々の歴史を重ねて、70周年を迎え感慨もひとしおです。

 不幸な戦争が終わり、いち早く生まれた日中の交流は“民と民”であり“物(経済)と物(経済)”から始まりました。

 今日まで良き時あり、また悪しき時ありを繰り返して来ましたが、変わらずに日中の友好を支えて来たのは、日中の国民どうしであり、経済交流であったと思います。

  この70年、貴重な歴史をつくり、それを支え努力して来られた先輩諸氏と多くの会員の信念と行動に深い敬意と感謝を捧げる次第です。

  思い出は、2008年、日中平和友好条約30周年の祝賀の催しが北京で盛大に行われ、私は青木俊一郎氏と共に出席しました。人民大会堂に集った両国の代表団を前に、麻生太郎首相と胡錦涛主席がこもごもに、

 和を以ってすれば 福を招き

 争えば不幸をもたらす

の思いを力強く話されました。

 その後、尖閣問題から冷たい関係が続いて来ましたが、ようやく安倍晋三首相と習近平主席の交流が始まり、関係改善へ前進し、習近平主席の訪日の決定は力強い限りです。

 しかしその矢先に、新型肺炎が発生し広く伝染しつつあることは、誠に困ったことでありますが、この対応には日中の密な協力関係や国民の好意ある行動が報道され一日も早い終息を願うものです。

 あらためて日中関係が政治や経済のみならず、地理的にも、また人々のあらゆる面で切っても切れない関係にあることを認識させられると共に、日中が信頼と友好に結ばれ、互恵発展の強い関係をつくり得れば、今日、世界に起こりつつある自国中心主義や排他主義の愚かさを覚醒させ、平和と安全のよき模範となることを願う次第で、その推進の核が日中友好協会でありたいと思います。