| 続・ビジネス中国語えとせとら(4) 関西外国語大学教授 戸毛 敏美 |
| 経済用語(日本語)は本当にあいまいか |
去年本誌に中国から「日本語の経済用語の曖昧さ」という投書が届いた。
投書では「日本の経済用語は曖昧だ。」「批判的な態度の曖昧さ」として幾つかの例文とその訳文が添えられていた。
中国語訳文は正しくなかったが、大いに考えさせられ、ビジネス中国語学会の勉強会で話題に挙げた。
日本人はよく「〜と考えられないこともないのではなかろうか。」とか「〜であろう」「〜しかねない」などという。これは「言質をとられたくない」表れだと思う。
また日常会話でもすぐに「〜と思うんですけれど…」「〜したいけど…」と語尾につく。
でもこれを翻訳する時は気を遣う。そのまま翻訳すると、「但是…」となり中国人が聞くと「別の考えが本音」ととられるし、協議中にこの発言を直訳すると外国人には物足りなく感じ、「一体どうなんだ」という返事が帰ってくる。
したがって、このようなときには「〜ではないでしょうか」「どうでしょう」と最後に相手の意向を確認するよう翻訳することにしている。そういう意味で「謙譲の美徳」は中国では「謙譲の冒涜」になりかねない。
最近経済記事に「踊場」がやたらに使われ新聞紙上を賑わしているが、これも言語明瞭意味不明で、翻訳しづらい。
(1)「字裏行間」:
中国の学校に入ったばかりの頃、先生がよく教材の文章を「字裏行間」に注意して「字面だけで読むな」と強調していた。というのも当時李大サ、魯迅、聞一多などの文章がよく教材に使われた。
しかしそれらはいずれも本音をずばり書くことができなかった時代のため、何を言おうとしているのかをつかむのが大変であった。
なぜなら当時これらの革命家たちが本音をそのまま書けば直ちに首が飛んだのだから、重要な伝えたいことはなお更「字裏行間」から汲み取らなければならなかった。
今ではそういうことはないが、でもそれは大変大事な読書の考え方だと思う。
では先ずいくつか投書の例文について紹介したい。
例1:「製品輸入の比率の低さは、やはり日本の貿易構造に何らかの特異性があることを反映していると考えざるを得ません。」の例をあげ、「≪低輸入率の原因は日本の貿易構造に弊害があるからだ≫という問題意識なのだから、強い批判的な態度を表明すべきだ」と述べている。
これが一般中国人のこの文章に対するとらえ方といえる。
しかし問題提起として「何らかの特殊な性質が作用していると考えざるを得ない」という表現は、日本語として決して曖昧とはいえないのではないか。
問題は「特異性」とは何を指しているか、この三文字に含まれている意味をどう汲み取るかだと思う。
例2:「輸出構造高度化のための不断の努力を欠かすことはできない。」も「輸出構造高度化」という言葉が中国語にはないので、これを「輸出品の構成を高度化」つまり「輸出製品中の高付加価値製品が占める比率を上げる」ととり「≪高付加価値製品の輸出依存度を向上する≫という意味に翻訳すべきである」と述べていた。
日本語の「輸出構造」は輸出の体制・仕組みなどを指すが、中国語には「提高出口産品結構」という慣用語があるからである。
※中国語の「結構」と「構造」:
日本語で「結構」は「もういい」「いらない」と「いいです」の意味があり、これも外国人泣かせと聞く。
ここでは中国語の「結構」と「構造」の使い分けが大変難しいことを紹介したい。
辞書には「構造」は各部分の組み合わせによってできた総体に視点があるが、「結構」は構成部分の結合の仕方や配列方式に視点があると書かれている。
中国語では、人体、機器、句、内部、部分、防震などは「構造」を用いるが、経済、社会、産業、組織、鋼、木、れんが、コンクリートや原子、分子は「結構」を使う。
(2)次に「性」を考える:
投書では「最近の経済用語に《〜性》が非常に多い」と指摘している。念のため日本経済新聞のある一日を任意に調べても、たしかに沢山使われていることが確認された。
必要性:「業績が回復した企業は働く人の努力に積極的に報いる必要性があろう」を外国人は「必要性」とか「あろう」でなく「することが必要である」というべきと考える。
専門性・自律性:「これからも自律型人材を求める企業の姿勢は続くと見られ、学生には専門性を高めると同時に、自律性の高い人材への成長を促している。」これは主語「企業は」は前のほうにあるが、数段落後にこの文がくると、何が促しているのか明確でなくなり、「性」も抽象的で不明瞭だと思う。
必然性:「グローバル化の潮流は、今や選択の問題ではなく、一種の必然性の問題になりつつある。」この「必然性の問題」も言語明瞭・意味不明の部類に入る。
生産性:これなどそのまま訳したのでは、中国語では通じないので「生産効率」と訳さなければならない。
ある一日の新聞で「性」がつくのは、この他に危険性、収益性、採算性、重要性、商品性、主体性、高耐食性、感性などがあげられ、翻訳時に気をつけなければならない。
「収益性をあげる」は「経済収益があがるようにする」、「採算性をよくする」は「企業経営を採算がとれるようにする」などと翻訳する際「追加」が必要である。
でも、これらが外国人には曖昧模糊な表現ととられる一要因になっている。
(3)問われる:
例2は「銀行が新しい機能、活動に乗り出すための環境条件や、その下での銀行の能力強化策が問われる」は「能力強化という政策がまだまだ不足である」というべきで、「問われる」を使うと「中国人にはどうも批判的なイメージしか浮かばない」と述べていた。
しかし日本語での「問われる」の意味は、「能力が問われる」「良し悪しが問われる」「企業のあり方が問われる」「責任が問われる」「資質が問われる」など「あるかどうか」「よいかどうか」「追求」「要求されている」など色々な意味合いで用いられており、まさに「字裏行間」から理解して翻訳しなければならず、「能力強化策が問われる」は「その策が適当であったかどうかが確かめられる」という意味で翻訳しなければならない。
(4)字面だけでの翻訳:
友人の薦めもあり、昨年から月一回の割合でサイマルインターでの翻訳コースを受け持った。
理由の一つは社会人対象の翻訳勉強を指導しながら、彼らが何につまずくのか、何が難しいのか、どうすれば上達する手伝いができるか、皆と一緒に翻訳実践をしながら掴みたいと思った。
この授業は事前に十分推敲した訳文を用意しなければならないので、かなり時間をとられるが、大変勉強になる。
そこで気がついたのは字面だけでの翻訳者が多いことだった。
例えば中国語をそのまま「日中両国関係の三大文献」「16大三中全会」「九五計画」「世界貿易組織」「女性の権益」と字面だけで翻訳する。
しかし「日中両国関係の三大文献」を一度調べれば「日中共同声明・日中平和友好条約と日中平和友好条約締結20周年に交わされた日中共同宣言」と分かり日中翻訳者にとって大事なことも分かる。
字面だけの翻訳では「言語明瞭意味不明」であるし、これでは上達しない。
(5)語順:
また語順をそのままにしないこと、これも「得其意・忘其形」の一つの内容でもある。
中国語は日本語のように「てにをは」がなく、全て文字の位置で決まるので語順が非常に大切である。しかし、日本語も語順は大切な時がある。
例えば中国語で「中国対鋼材需求年平均増長率〜」これを「中国の鋼材に対する需要の年平均伸び率〜」と翻訳すると、原文は「中国の需要」なのに「中国の鋼材、これに対する需要」に変わってしまっている。これは「鋼材に対する中国の需要が年平均〜%の伸び率である」と翻訳すべきである。
また例えば「領導説:尽管受影響,但調動了積極性。」を「指導者は影響を受けたにもかかわらず、意欲を掻き立てることができたと述べた」では「指導者が影響を受けたことになる」ので、語順を変え「影響を受けはしたが、意欲を掻き立てることができたと指導者は述べた」のように主語の指導者を動詞に近づけることが必要である。
また文章を整理して畳み込むようにして中国語に翻訳しなければならない。日本語はながながとつなげて話していくうちに、主語が変わっていき、聞いていると分かりますが、中国語はロジックに話す言語であるので、そのまま翻訳すると聞いている人はさっぱり分からなくなる。
例えば「本日〜団長をはじめとする中国経済代表団の皆様をお迎えして、日中経済交流シンポジウムがこのように盛大にかいさいされますことは、日中の経済交流の発展にとりまして、まことに意義深いことであり、本日の開催に向けてご尽力くださいました皆様方に対して、心から感謝申し上げる次第であります。」は、三つのことを言っていると聞き分けます。まず(1)は団を迎えて〜を開催した。(2)これは意義深いことだ。(3)私はそのため努力した人びとへ感謝する。中国語に訳するには、これを順々に畳み込むようにすると翻訳しやすくなり、しかも聞いている中国人にもすーっと耳に入ると思う。
(6)「〜化」の乱用は意味が「化けてしまう」:
投書で「〜化」乱用として「高度化」「一般化」「差別化」が指摘されていたので、念のため調べたところ、一日の新聞で約40箇所に使用されていた。
言語明瞭意味不明の例として「かくて加速する技術の陳腐化は研究開発の固定費化と財務内容の悪化を招き企業の資金調達を困難にしかねない。」この「研究開発の固定費化」とは?
また電算化、IT化、情報化はどう異なるのか?
「人が殺す歯車というモノ化する。殺されて腐肉というモノ化すること。」は人が物扱いという意味であるが、外国人にはどうだろうか。
「名実ともに軍隊の存在を書き込むのか、それとも自衛隊の明確化にとどめるのか」これを「自衛隊を明確に軍隊と位置づける」と表現するのをぼかしたいのか?
また例えば:「エレクトロニクス、自動車など多くの産業は高度なデバイスを内製化、自社内で技術統合度を高めることで、製品のコモディティー化を避ける局面に入ってきた。」
「内製化」は「社内で製造するようにする」という意味で訳し、「製品のコモディティー化」は「製品(部品など半製品を指すのであろう)を商品として出荷する」という意味で翻訳しないと、「内製化」、「商品化」では分からない。
以上のように翻訳者には「得其意、忘其形」、つまり日本語の意味を汲み取り、中国語の慣習にもとづき組み替える作業の能力が求められている。
最後に面白い例を二つ挙げてみたい。
「刑事は血まみれになって逃走する犯人を追いかけた」血まみれになっているのはどっち?
「センターラインを越えて前から来た車と正面衝突した」これはどっちがセンターラインを越えたの?
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