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ビジネスエトセトラをご覧いただきまた皆様ありがとうございました。締め括りと致しまして、今でも言い続けている「得其意・忘其形」について述べたいと思います。学生から「先生、サッカーで破門されたとあるのですが」と聞かれ、ハンドボールでは目下アジア連盟から破門騒ぎがあったけど?サッカーではどこかなあ?と思って、ふと「そうだ得其意・忘其形だ」。つまり中国語ではゴールを「破門」と言う事を思い出し、授業でそれを紹介すると教室中がどーっと笑いに包まれました。サッカーが「足球」ハンドボールが「手球」と勉強したばかりでしたから、中国語は面白いということになりました。最近も「先生、新聞に貝の刺身を食べて死亡したとありますが」と聞かれ、食の安全が騒がれている昨今?そこでかつてケネディが暗殺された際の記事を思いだし、ブット暗殺の事だと分かりました。つまりブット氏の名前は中国語では「貝・布托」と書き、「暗殺された」を「遇刺身亡」と表現するからです。でも質問した人を褒めました。彼は新聞を読んだので出てきた質問であり、「学問を極める」とは「学んで質問」することだからです。
ビジネス中国語や翻訳・通訳について教えている際、感じることはやっぱり先ずは「得其意・忘其形」が大切で、次に「簡潔明瞭で要を得ている」という事です。最近見た例を挙げて皆さんに中てて頂きましょう。@「一味追及」「一味読書」の一味
A「酷死了」 B「落花狼藉」・「杯盤狼藉」の狼藉 C「有趣味」「一味追及趣味性」の趣味 D「自発」 E「提携孩子」の提携 F「携帯孩子」の携帯 G「釈放(経済成長による)圧力」
H「空巣老人」「空巣家庭」の空巣 I「没有水分」
「日中が同じ漢字の共有」は素晴らしい
日本人は漢字からほとんど意味が分かり、中国語習得のスピードが非常に速く、特にビジネス文は理解が速いので、教え甲斐があります。この利点をフルに生かして勉強する事はとても素晴らしいと感じます。
「貴方一味要求提前交貨,但我方不能粗製濫造」という文に遭遇し、気が付いた人は質問に来るが、「貴方一味」とそのまま訳した人がおり、日本語の「一味」の意味を理解していない事が分かります。
@の答えは「ずっと追及し続ける」「ずっと読書つまり勉学を続ける」という意味です。Aは最近の若者言葉で「クール!」「格好がいい!」という意味で用いております。B中国語には日本語の狼藉の意味「狼藉を働く」など以外に、よく平時に用いて散らかっている様を表現します。花が散り花びらがそこら中に散らばっている様、宴会が終了して杯や皿が散らばっている様を表現しているのです。C「有趣味」はなかなか趣き(おもむき)があり面白いというような意味で用いられ、「一貫として面白みを追及し続けている」という意味なのです。D「自発的にする」の自発は中国語では「自然発生的」という意味で日本語とは逆です。中国語に訳す場合は「主動」としなければなりません。E業務提携とつい使いたいのですが、中国語では「子供の手を引いて連れて歩いている状態」を表現する際に提携と言います。F携帯は中国語では「手机」と書き「携帯孩子」は子供連れという意味です。G「釈放」は中国語では犯人の釈放以外に「プレッシャー」から解き放たれるという意味でも用いられており、「可以有效
放中国 中的 力」というビジネス文にも出てきます。H「空き巣」は「空き家に侵入するこそどろ棒」の意味ですが、中国語では子供たちがみな成長して巣立ってしまい空っぽになった状態を素直に表現しているのです。I率直に「水分が無くなった」とここでは翻訳できず、取引の際「掛け値なし」という意味でよく用いられます。本当に面白いですね。
通訳・翻訳の大切さ!
唐の詩人賈島が「鳥宿池辺樹,僧敲月下門」という詩を作る際、当初は「敲」の部分が「推」で「門を押し開く」としていたが、押し開くでは音がなく、せいぜい「ギー」っという音であろうが、静かな月夜には「こつこつ」と「戸を叩く」響きのある「敲門」の方がよいとしたとかで、推敲と言われるようになったので、私達も語感を磨き、人々の心に沁み入るような日本語と中国語を身に付けたいものだと常々思います。
年末福田首相が訪中され北京大学で講演され内容が大変良かったのと、随分練られた文章という印象を受けましたので、早速原文と訳文を入手し教材として採用致しました。ところが、やり始めてすぐに学生が「あれ?」と驚きました。中国語全文はそれのみを見たり聞いたり読んだりしていると、多少まどろっこしい部分がありスーッと中国人の耳に入らないのではと思う点もありましたが、あちこちに素晴らしい表現や熟語がうまく用いられており人々を感動させます。しかし、日本語の原文と対照すると色々な反省点が発見され、私達は推敲作業を始めました。そこで中国人教員諸先生と意見交換をしながら作業を進め、多くを学び、大変参考になりました。
たしかに日本文の形にどうしても引きずられ「得其意・忘其形」は「言うは易し、行いは難し」です。ここにごく幾つか通訳・翻訳の難しさと大切さを説明するため例をご紹介してみましょう。私達が先ずひっかかったのは文頭に「由緒ある北京大学」とあるのを「悠久な歴史のある」と訳し、次に「この大学で講演できることを楽しみにして来ました」の「楽しみにして来た」を「栄幸」を用いて「大変光栄に存じます」と訳し、「楽しみにして来た」という気持ちが伝わってきませんでした。以下にいくつか問題別に紹介しましょう。
1)文の構造が違う点の処理:日本語は動詞、肯定・否定が最後に来ますが、中国語は文の最初に来ます。これは「修飾文の長い日本語」を同時通訳する場合は止む得ず目的語を先に訳し、最後に以上についての動詞、否定・肯定を訳しますが、文章の場合には「主語+動詞+目的語」の構造に訳すよう努力し、文を整理する必要があります。例えば「中国の偉大な作家であり、この北京大学で教鞭をとった魯迅は、かつて日本に留学し、そこで藤野先生をはじめとする多くの日本人と出会いました。」も整理し、先ず「魯迅先生は中国の偉大な作家であり」「彼はかつて北京大学で教鞭をとったことがあります。」とし、最後に「魯迅先生が日本に留学し、そこで藤野先生をはじめとする多くの日本人を出会いました。」と中国語では畳み込むように表現します。また、「総理として日中平和友好条約締結に携わった私の父・福田赳夫の言葉を借りれば」と言葉の修飾文が長いですね。また、三十年も前の事なので中国の若者に聞いてわかるように先ず「私の父福田赳夫は、かつて総理として日中平和友好条約締結に力を注ぎました。」と訳し、次に「ここで父の言葉を借りて話したい」と表現すると、中国人が聞いていても、すーっと心の中に入っていくのです。
2)動詞に相応しいというか相性の良い目的語があり、この組み合わせを中国語はとても大事にし、専門辞書が沢山でるくらいです。実は日本人にとって、これは大変習得が難しく、沢山の文例を習得する中で自然と身に付けていくしかないように思います。この例は枚挙にいとまがありませんが省略します。
3)「 行了会面」という表現はしません。しかしNHK中国語放送やある環境関係の辞書の中文訳には、動詞の前に更に「進行」をつける例を多く見かけ、少々気になりますし、「気持が悪い中国語」と言われると思います。最近、日本語の影響を受けた中国人留学生や長く日本いる中国人も日本語の影響を受け、「交換する」「溶融する」「保存する」「燃焼する」「供給する」「輸出する」「混合する」「搬送する」「輸送する」などにもみなするに相当する「進行」をつけています。最近翻訳機が出回っておりますので、或いはこれによる翻訳の所為かも知れません。
中国で思わぬ反響
この度の講演で、福田首相は「麗沢、兌」と易学の一句を用い、日中両国が協力し合えば、それがひいては周辺地域にも波及し、潤っていくと表現されたのですが、当初多くの中国人は同じ発音の「立則対」という哲学用語を想像したそうです。そしてネット上で討論が沸き起こり、日本人ですらこのような素晴らしい表現ができるのに、中国人は過去の文化をもっと重視すべきという意見が沢山出ていたと中国の方からお聞きしました。今年から数年は日中青少年交流の年として、毎年四千名が往来するとのことで嬉しく思いましたが、現状は日本の事を広く正しく13億の中国人に紹介するその量が少なすぎます。福田首相は中国の若者に日本をもっと研究して欲しいと提案されておりますが、しかし日本側からの発信が覚束無いのが現状ではないでしょうか。日本の真の姿・考えを知って貰うには、日本側が先ず言語の面で努力すべきではないでしょうか。
青少年交流も十分意志疎通がなされず、これまで中国へ行った学生も不満足です。上っ面だけの友好ではなく、本音で付き合えるには中国人留学生のように、相手の言語で支障なく表現できる能力を身につけている日本の若者を沢山養成することではないでしょうか。現在日本で進められている中国語教育を是非国を挙げて強化し、孔子学院という中国側の努力に即した、日本側の対応策というか、人材養成強化策にもっと力を注いで欲しいものだと思います。「人財」なくして本当の友好関係は出来ないでしょう。
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