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水不足で育たなかったポプラ
大同での緑化協力を開始してすぐのことです。農村を回っていて奇妙な林に気づきました。高さは大きなものでも4〜5メートル、幹がグニャグニャに曲がっています。なかには元の幹は枯れ株元からヒコバエがたくさん出てブッシュ状になっているものもあります。私はずっと自然に生えたものだと思っていたのですが、これがなんと、人手をかけて植えたポプラだというのです。
大同の中央部を西から東に流れる桑干河は洋河、壷流河などと合流し、永定河と名前を変えて官庁ダムに流れ込みます。官庁ダムは密雲ダムとならんで2つしかない北京の水ガメの1つです。ですから大同は北京の水源にあたります。
河北省と山西省の境界は太行山の大山脈です。それより北には大馬群山脈があり、北京の周囲には燕山山脈があります。桑干河はそれらの山脈の切れ目を流れ、その流域だけが低くなっています。春先の風砂はこのルートに沿って吹き出すわけですね。風口と呼ばれます。
中華人民共和国が成立し首都が北京に定まってすぐから、水源涵養と風砂の防止を目的に桑干河流域で大緑化運動がとりくまれました。選ばれた樹種は小葉楊と呼ばれるポプラで、この地方に自生しています。苗を育てるのがまにあわず、現場に穴を掘って枝を直挿しする簡単な方法がとられました。それにしても、県によっては全体の面積の2〜3割にもなりますからたいへんなプロジェクトです。中国お得意の人海戦術がとられました。建国の情熱は環境改善にもむけられたのです。
私たちのツアーのお世話をしてくださったバスの運転手の馬瑞さんは、少年のころ、父親のあとについてこの作業に参加しました。「植えてしばらくはほんとによく育ち、みんな喜んでいました。ところがそのあと、だんだん背丈が縮み、幹も小さくなりました」と彼は話しました。あの小さなポプラはもう50年も前に植えられたものだったのです。地元の人たちは「小老樹」と呼んでいます。
この小老樹を何本か伐って、年輪を調べてみました。その結果は馬さんの話を裏付けるものでした。最初の10〜15年は年輪の幅が広く、順調な生育ぶりを裏付けています。ところがその後、急に乱れがでてきます。どういうわけでしょう。
小さな苗のあいだは水の要求量はそう大きくありません。ですから順調に育ちました。大きくなるにしたがって必要とする水の量は増えます。平面に密植していますので、あるところまでくると隣の木どおしで根が重なり、水を奪いあう関係になります。そんなところに旱魃の年がくると、水不足で幹の上部が枯れてしまいます。生命を守るために上を枯らすわけですね。でも下部は生きていて、枝の一本が幹に替わって、また伸びはじめます。また旱魃になると同じことがくりかえされる。そうやって弱っているところにカミキリムシが大発生し、満身創痍になってしまいました。
背丈が縮んだのはそういうわけですが、幹が細くなったというのは事実ではありません。わずかずつでも太っています。でも、汗を流して植えた人たちが、そのように感じる気持ちは理解できます。
森林の成立で雨はふえるのか?
先ほど自分でも書きましたが、「水源涵養のために木を植える」というのは日本では常識です。「緑のダム」といった表現もあります。そして、中国では森林がなくなったために雨が少なくなった、木を植えて森林をつくれば雨がふえてくる、と思っている人がたくさんいます。中国の林業関係者からもそのような発言をききます。
ここのところはもう少していねいに考える必要があります。日本で水源涵養というと、降った雨を森林が蓄え、浄化して送り出すという意味です。大雨が降ってもそれが一時に川に流れだすことはないし、日照りがつづいてもすぐに川が干上がることがなくてすみます。森林があれば、きれいな水がバランスよく供給されるわけですね。雨が増えるという意味ではありません。
それにたいして森林が雨の増加をもたらすという説は、森林ができると蒸散量がふえて空中湿度が高まり、あわせて上昇気流が起きて雲ができ、雨が高まり、あわせて上昇気流が起きて雲ができ、雨になって降る、ピンポンのようなものでそのやり取りが速くなれば降水量が増えるというものです。北京の周囲で緑化がすすんだ結果、北京の降水量が増えた、という説もありました。そのような仕組みが成立すれば、こんなつごうのいいことはありません。ところが神話はあくまで神話で、現実ではないようです。北京の降水量がこの10年近く、劇的に減っているのは周知の事実です。
樹木を植えれば土中の水分を吸い上げ、蒸散するのは事実ですけど、それがもたらすであろう雨はどこに降るかはわかりません。地球は自転していますから、雨になって降るとしても、そこより東に降ると考えるべきでしょう。中国大陸では一般に西にいくほど雨が少ないので、西のほうの貴重な水を相対的に水に恵まれた東へ移すことになります。
植林の結果、雨が増えたというデータがサウジアラビアなど中東にはあるようです。海が近くにあれば、空中の水分はつねに補給されますので、森林の成立によって上昇気流が起きることで、雲ができ、雨が増えることは考えられることです。でも、海から遠く離れた中国大陸の砂漠や砂漠化地域では、そのような循環を期待できないでしょう。
適地適作、適切な技術こそ重要
樹木を植え、森林をつくることは、水収支にとってはプラスにはならないようです。たいていのばあい、むしろマイナスでしょう。中国の各地で河川が断流している原因のひとつに、森林再生があるのはたしかなようです。植林にともなう水コストについては、これからきちんと調査される必要があります。
水収支にとってはプラスにならないとしても、緑化はやはり必要です。黄土高原のばあい、水土流失の防止のために緑化は欠かせませんし、二酸化炭素の吸収源としていっそう重要性を増すでしょう。人びとの生活向上のために木材資源の需要はこれからもふえるでしょう。
それだからこそ、樹種の選択にもっと注意を払う必要があります。ポプラは中国の北部で多用されてきましたが、生育が速いぶん水の必要量が大きい樹種です。生育ぶりを犠牲にしても、少しでも水の必要量が少ない樹種を検討すべきでしょう。降水量や土の条件によっては喬木をあきらめ、灌木を主体にしたり、草にするほうがいいでしょう。
活着率や生育をよくするために、川の水や地下水をつかって灌水をつづけているプロジェクトがあります。植林のために黄河の水を大量につかっているプロジェクトを銀川でみました。トルファンでは道路脇の緑化のために灌水パイプがえんえんと張りめぐらされていました。中国の技術者が私たちのプロジェクトをみて「灌漑施設を建設して活着率を高めるべき」という意見を寄せたこともあります。
公園など目的によってはそのような植樹も必要ですし、果樹のように経済性を追求するばあいは、当然ありうることです。しかし、一般の山林緑化や砂漠化防止のための緑化としては感心できません。植えて最初の一、二年は活着させるために灌水も必要でしょう。それ以後は、自然の環境で育つ樹種を選ぶべきでしょう。小さい苗のあいだは灌水でまにあっても、成長とともに水の必要量もふえるわけで、いつまでも灌水できるわけではありません。お金の切れ目が樹木の寿命、というのでは悲しすぎます。
さすがに最近はきかなくなりましたが、「全世界の砂漠を緑化してみせましょう。そのための技術があります」といった発言が以前はありました。門外漢の私は、そのような言葉に感激したりしたものです。砂漠化防止に造詣の深い岡山大学の吉川賢さんは「現地に立てば荒唐無稽とすぐわかるものほど日本国内では受けがいい」といった意味のことを書かれています。さすがだと私は思います。
適地適作、適切な技術こそ、水収支の面からもたいせつだと思います。大同に私が通いだしてから16年が過ぎました。変わったこと変わらないことさまざまですが、変わったことの最たるものが交通と通信です。今回は交通事情を振り返ってみましょう。
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