黄土高原から(7) 
認定NPO法人・緑の地球ネットワーク事務局長 高見邦雄     
太行山の悲鳴 

■山中に鳴り響く重機の音■
 この夏、日本の植物の専門家といっしょに太行山を歩きました。太行山は河北省と山西省の省境をなす大山脈で、北京市、河南省にもまたがっています。東西の幅は最大180km、南北の延長はおよそ400km。日本でもよく知られる仏教聖地の五台山も太行山に属しており、その北台頂(3058m)が太行山の最高峰のようです。
 私たちが歩いたのは大同市霊丘県に属するところで、太行山脈の北部です。私は4日連続して歩きましたが、驚いたことにその4回とも山中で重機の音をきき、鉱山用の大型ダンプとすれ違いました。
 最初は太白維山(2234m)です。この山は霊丘県城のすぐ南にあり、地元の人はふつう太白山と呼んで親しんでいます。稜線のシルエットが観音菩薩が寝ているようにみえるといいます。なるほど、左を頭にして、目、鼻などがいかにもそのよう。「でも、おっぱいと、おちんちんと、両方ともふくらんでいるじゃないか」と私がいうと、「だから観音さまなんだ。観音菩薩は男でもなければ女でもない」と答えました。
 数年前から山のふもとがどんどん崩されていることは知っていました。石灰岩があり、それを原料にして近くの工場でセメントを焼いているのです。
 このたびは谷筋を伝わって、山の中腹をめざすことにしました。入口に工場のようなものができ、急ごしらえの鋪装道路が伸びています。「保護環境・安全第一」の大きな看板もありました。どこまで車でいけるかと警備員にきくと、「ずっと遠くまでいける」とのこと。いったいなにがはじまっているのでしょう、期待と不安をもって車を進めました。
 途中で高圧線の架線工事をしている人たちにであいました。直径2センチもある太いアルミワイヤーを張っています。そうとう大がかりなことがやられているよう。
 つづら折りの道をたどって登っていくと、坂が急になり、鋪装が途切れて土の道になって、私たちの乗用車では登れなくなりました。その道を鉱石をこぼしながら、黄色の塗装をした鉱山用の大型ダンプが何台も何台もゆっくりと下ってきます。
■南方の資本と他地方からの出稼ぎ■
 たどりついたのはマンガンの鉱山でした。坑道の入口はレンガの建物に隠れてみえません。岩壁に洞窟をえぐってダイナマイトの貯蔵庫がつくられています。スーパーショベルで道路をつくり、その残土や鉱石のズリで谷を埋めたのでしょう。急傾斜の谷間に平らな土地を造成し、そこにレンガ建ての小屋やコンテナハウス、テントなどでキャンプができています。驚くことばかりで、若い女性もいれば、小さなこどもまで暮らしています。なぜかトイレはなく、山のなかの立ち木にビニールシートをひっかけて、簡単な目隠しがつくってあるだけ。
 その現場から歩いてさらに上に登ると、また同じ構造の採掘現場とキャンプがでてきました。その上にもまだあります。ほとんど山頂まで迫っているようです。
 投資したのは江蘇省、浙江省など南方の人間だと聞きました。働いているのも陝西省、四川省などからの出稼ぎで、地元の人はほとんどいないそう。たしかに、耳慣れない音声が飛び交っています。
 太行山に地下資源の多いことは以前から知られていました。霊丘県の資料によると、マンガンのほかに鉄、金、銀、銅、モリブデン、鉛、亜鉛などの金属と、非金属では石炭、花崗岩、沸石、長石、方解石、石灰石、硫黄などがあり、合計で40種以上になるそう。
 ところが、これらの資源は分散していて、個々の規模は小さく、交通が不便なうえに、開発資金がないといった事情で、これまで手つかずでした。それが最近になって、中国経済の大発展・大膨張です。鉄もセメントもその他の資源も、価格が急騰しただけでなく、絶対量がたりません。いっせいに開発がはじまりました。
■貧しい地方には千載一遇のチャンス■

 碣寺山(1768m)は河北省との省境から5kmのところにあります。7年前、私たちが最初にこの山で植生調査をしたときは、ふもとの村から踏み分け道を登るだけでした。ところがこの夏は、同じふもとの村から大型ダンプの通う道がつけられています。でも、ふつうの乗用車ではムリなので、私たちは歩いて登りました。碣寺山と谷をはさんだ別の峰にでましたが、そこの頂きは重機によって無残に削り取られています。鉄鉱石を採掘しているそう。
 大声で歌いながら登ってくる中国人の一団に、その山でであいました。北京からきた11人の青年男女で、インターネットでとった一枚の地図をたよりに、河北省側から登ってきたそう。教員が多いなかに、新聞記者もまじっていて、今回の旅の経験を新聞に書く予定です。山深くで出会ったのが日本人で、彼らも驚いていました。彼らが通ってきた道にも鉱石の採掘現場が多く、水が汚染されているのがショックだったそうです。
 数年前まで霊丘県は全国クラスの貧困県でした。農業以外の産業がないのに、県内は山が大部分で平らな土地がありません。太行山の開発はまさに千載一遇のチャンスです。いまでは大同市のなかでGDPの成長がいちばん速いのです。
 問題は開発の進め方で、乱暴としかいいようのないものです。長期の見通しと余裕があれば、インフラの整備にもっと力をいれるでしょう。ところがそれがない。太白維山の採掘現場や労働者のキャンプにしても、ただ掘り出した土で谷を埋めただけ。ことしの夏も山西省の中部では2時間で180ミリの雨が降ったそうですが、そんな雨がふればたちまち土石流が発生して、ふもとの村までひと呑みでしょう。また開発しているのが地元の人なら、これほどのムチャをしないでしょう。
 これらの鉱石のなかには有毒物質と同居するものが少なくありません。地下深くにあるときは問題にならなくても、いったん地表に掘り出されると、雨で流されたり、水に溶けだしたりがありうることです。
■汚染された水が北京市の飲み水に■

 20075月、北京市水務局の副局長が記者会見し、オリンピックを迎えるための水対策を発表しました。20084月までに南水北調・中線の最終段=河北省の石家荘から北京までの工事を完成し、太行山のふもとにある4つのダムの水を北京に引いて、オリンピックを乗り切るというのです。タイミングとしてもぎりぎりでしょう。年間34m3を確保することとし、影響を受ける農民への補償などはこれから検討するのだそう。「オリンピック成功のために」といわれれば、異議を唱えることは誰にもできないでしょう。
 霊丘県の県内に降った雨は中心部の盆地に集り、1本の河川になって太行山の山間を抜けて、河北省に流れだします。唐河です。そしてこの唐河をせき止めているのが、河北省唐県の西大洋ダム。すなわち来年4月以降、北京市民の飲み水になる4つのダムの1つです。ほかの3つのダムも、多かれ少なかれ同じ事情を抱えているとみてまちがいないでしょう。
 914日、北京大学で開かれた講演会で、私は大同での環境協力の経験を話し、またこのような水の話もしました。主催者が集めてくれた感想文には、「中国の環境について無知であった自分を恥ずかしく思う」「具体的な事実に大きな衝撃を受けた」「中国人の意識の希薄さに寒気を感じる」などとありました。ひとりでも多くの人にこのような実態を知ってもらいたいと思います。