黄土高原から(5) 
認定NPO法人・緑の地球ネットワーク事務局長 高見邦雄     
石炭の街の物価狂乱 

●石炭価格の上昇が牽引●
 大同は中国一の石炭産地です。市の経済は石炭に頼りきっていて、GDPの60%以上が石炭関連です。その浮沈ぶりが激しいんですね。
 一昔前まで中国のエネルギー源の中心は石炭でした。庶民の生活燃料でもあるため、政策的に価格が統制されていたのです。80年代からの中国経済の発展にともなって建築ブームが訪れ、建築材料が高騰しましたけど、石炭は据え置かれたまま。砂利より石炭が安い時期すらありました。1tが30元とか40元。
 その一方で石炭から石油、天然ガスへの転換がすすみました。お隣の陝西省の楡林や内蒙古などで天然ガスが開発され、それを北京に運ぶパイプラインが大同を通過しました。そのおかげで石炭は売れません。すたれていくかのようにみえたんですね。1990年代後半の大同は、沈みきっていました。
 ところが近年の中国経済の大膨張と原油高のせいで、石炭への回帰が世界的にすすんで、石炭の確保に日本も苦労するくらいだそう。価格も暴騰し、最近の6年間で7.5倍にもなりました。まだまだ上がるとみんなが考えています。
 私たちの協力拠点の環境林センターでも温室や厨房の燃料に石炭をつかうので、毎年、まとめ買いをしています。ことしはとくに多く、あちこちに積んでいます。上がると見越して余分に買ったんですね。こういうことをするからさらに値段が上がるのでしょう。それは石炭以外のものにも通じます。値段があがるとみると先を争って買うわけですね。住宅などは投機の対象にもなっていそう。
 2006年5月末、大同市左雲県の炭鉱で大きな事故があり、50人以上の犠牲者がでました。日本でも報道されたように経営者の無責任ぶりが問題になり、大同のすべての地方炭鉱を対象に安全点検が課せられました。およそ3か月間も操業停止になったのです。思い切ったというか、乱暴というか……。
 市の経済にとって大きなダメージになるといろんな筋からききましたし、私もそう考えました。ところが実際には地方炭鉱は生産を停止したけど、国営炭鉱は増産していたので、市全体の産炭量は減っていないというのです。けれども、地方炭鉱が集中している南郊区などは、個別にみると打撃があったようです。
 それはともかく、会う人、会う人が「なにもかも、高くなった」といいます。とくに2005年から2006年にかけての上昇が急だったよう。最初にあげた数字をみなおすと1年で、ガソリンや小麦粉などが30%前後、石炭は41%、豚肉や鶏卵が55%以上、プラスチック製品にいたっては75%も上がっています。41%増が2年つづけば2倍、30%増が3年つづけば2.2倍になります。そのようなペースです。冬の野菜もおなじようにあがっています。

●地域内でも広がる格差●
 物価があがる一方で賃金もあがっています。日本の私たちには信じられないような数字ですが、年に30%以上あがることもめずらしくないよう。たしかに、そうでなかったら生きていけません。しかし、どの分野でもそうというわけにはいきませんし、年金生活者などはたいへんだと思います。それに農村では年金はないのがふつうです。条件のよくないところの農村は食糧だって自家消費分がやっとで、売るほどの収穫はありませんから、穀物価格が上昇しても実際の収入がふえるわけではありません。その反面、化学肥料や農薬、種子などは確実に高くなります。
 資源の偏在による格差も大きくなります。大同市最南部の霊丘県は太行山のなかにあり、長く国家級の貧困県でしたが、最近は急速な成長をとげて、GDPの成長率は大同市でいちばんです。その原動力は鉄鉱石をはじめとする地下資源。もともと資源はありましたが、分散しているうえに交通が不便で効率が低く、開発の資金もなかったのです。ところが最近の経済膨張で鉄もセメントも不足し価格も暴騰しました。零細な経営でも採算に乗るわけです。
 市の中心に近い大同県は農業以外の産業がありません。県全体でみれば人口のわりに耕地が広く、農業条件は相対的に良好だったのです。しかし、市の北部に多い石炭もこの県にはありません。鉄鉱石その他の資源も皆無ではありませんが、量的にはさほどでもないよう。農業の生産性は鉱工業とはくらべものになりませんから、苦しいだろうと思います。
 地域内で格差がこれ以上拡大すれば、いろんな社会問題に発展しかねないでしょう。治安の悪化も心配です。
 私たちの協力事業がかかえる困難は、現地の人の生活より深刻かもしれません。化学肥料も農薬もその他の物価も急騰しました。地元の人たちはそれを補う賃金上昇が大なり小なり期待できますが、私たちにとっては賃金上昇もたいへん痛い。郷や村と協力し、そこで実施するプロジェクトは、賃金や苗木代その他も計画時の値段で実施できますが、環境林センターをはじめとするいくつかの協力拠点は平均的な賃金でなければ労働力を確保できませんから、維持がたいへんです。
 そのうえ、中国元にたいして円安がつづきます。2006年4月は1元=14円前後でしたが、2007年3月に北京で兌換すると1元が15.6円にもなっています。10%の変動はプロジェクト費だけでも数百万円のちがいになりますから、ダブルパンチどころかトリプルパンチです。
 大同の物価が狂乱というべき状況にある最大の原因は、石炭の高騰がその他の物価まで押し上げていることでしょう。そしてそのつぎに、山西省は改革開放と経済発展が遅れてスタートし、最近まで物価も賃金もずっと低めだったのです。それが石炭ブームに乗って、全国的な水準を追いかけはじめたといえるかもしれません。
 いずれにしろ、この物価上昇が少し落ち着いてくれないことには、次年度以降の計画を立てるのも困難です。

価格高騰をみこんで買い込んだ石炭。個別には当然ですが、こうした行為の積み重ねがさらに高騰を招くのでしょう。