黄土高原から(4) 
認定NPO法人・緑の地球ネットワーク事務局長 高見邦雄     
環境意識の変化 

環境問題へ認識が深まる
山西省大同市で私たちが環境協力をはじめたのは1992 年1 月ですから、満15 年です。振り返って、中国人の環境にたいする意識に大きな変化があったのを感じます。
最初のころ私が「中国の環境はたいへんなことになる」というと、青年団の幹部から返ってくるのは反発でした。「先に豊かになった日本人のかってな議論だ。中国は10 億以上の人口を抱えて食べていくのがやっと。まずは経済を発展させなければならない。環境破壊が付随するとしても、自分たちは甘受する。汚染すらほしいのだ」というのです。
緑化というのは青年団の重要課題ときいたんですけど、熱心とはいえませんでした。日本からのボランティアツアーがきて農村で植樹に取り組むと、村のこどもや農民は熱心に働きますけど、県からきた幹部は参加しようとしません。横でおしゃべりをしていますが、やがて座り込み、はなはだしいばあいはトランプをはじめたりしたものです。
転機になったのが1998 年の長江の大水害です。この年は北でも南でも河川が氾濫しました。テレビは連日、土嚢積みに奮闘する軍や党・政府の指導者の陣頭指揮ぶりを流し、「偉大な民族戦争」とまで呼びました。
一方、活字メディアのなかでは「天災ではなく、人災ではないか」といった議論が飛び出しました。長江の水害はそれ以前も頻発しましたが、「百年に一度の大雨」ですまされていたのです。人災とはどういうことでしょう。上流の森林乱伐の結果、雨のたびに土壌が流されます。長江に流れ込んだ土は中下流に運ばれ、湖沼を埋めます。水面積が減り浅くなるのをいいことに干拓がなされ、畑や工場用地になりました。遊水池は中国伝統の洪水
制御法だったのに、子孫たちは忘れてしまったのです。河底が高く天井川になっていますから洪水になりやすいし、被害も大きい。
歴史的には「黄河に患いあれど長江に患いなし」といわれていました。黄河が3 年に2 回のわりで決壊し、100 年に1 度は河道を変える暴れ龍だったのにたいし、長江は安定していたわけです。ところがいまや黄河は断流し、長江は氾濫つづき。「環境が悪化すれば、経済発展の成果がだいなしになるだけでなく、もっと手ひどい自然の報復を受ける」といった議論がはじまりました。政府の反応もすばやく、1999 年の年初には「全国生態環境建設計画」が発表され、環境の保全、なかでも緑化の重要性が強調されました。森林破壊を止めるため、長江上流では軍が林道を爆破した、といったニュースも伝わりました。これは本気だなと私も思いましたし、中国の各級の幹部も敏感に受け止めたと思います。植林の現場の雰囲気も大きく変わってきました。
● 環境プロジェクトが目白押し
大同は北京、天津の大都市と華北の穀倉の水源にあたります。山西省西北部の山岳に発した桑干河は大同の中央部を西から東に横切り、洋河、壷流河などと合流して永定河と名を変え、官庁ダムに流れ込みます。官庁ダムは密雲ダムと並ぶ北京の重要な水ガメです。
大同は風砂の吹き出し口でもあります。ゴビ、タクラマカンの砂漠で巻き上げられた土は偏西風に乗って東へ東へと運ばれます。西ルートと西北ルートの2 ルートがありますが、2 つとも大同上空を通過します。
環境の面からみて大同は北京の防衛線であり、国家プロジェクトが集中するようになりました。まず三北防護林= 緑の長城計画があります。砂漠化をくい止めるため、万里の長城沿いに長大なグリーンベルトをつくる計画です。大同市北部の黄土丘陵地帯がその対象になっています。
つぎに太行山緑化工程があります。太行山は東西の幅が最大180 q、南北の長さが450 qもある大山脈で、かつては森林がありましたが長い歴史のなかで失われました。ここに森林をとりもどす計画で大同市の南部が対象地域です。
北京天津風砂源治理工程は風砂被害を軽減しようというプロジェクトで、前世紀の末にはじまりました。
それから首都水資源保護21 世紀計画があります。大同で展開する目的は官庁ダムの水質改善ですが、そのなかには緑化プロジェクトもかなり含まれます。
全国的に推進されている「退耕還林・退耕還草」は大同でも実施されています。急傾斜地など条件の悪い畑の耕作をやめ、森林や草地に返そうというもの。
緑化運動は以前からありましたが、かけ声だけのことが多く、現場で実施されるさいは農民の負担が大きかったのです。年間十数日から数十日も動員されるのに、報酬は森林が経済効果をあげてからというもの。成否はわからないし、成功したとしても少なくとも20 年先のこと。これでは力もはいりません。
最近の緑化事業は予算がつき、農民にも収入が保障されます。退耕還林のばあい、作付けをやめるかわりに年数をかぎって食糧や現金が支給されます。ある農民は「私たちも歓迎しています。ただしお金が自分たちの手元まで届けばという条件つきですけど」と私に話しました。実際に緑も濃くなりました。協力事業のスタート時は私たちもよく失敗しましたし、他のプロジェクトでも失敗がめだちましたが、最近は技術的にも改善されてきています。
森林が消滅し植生が貧しくなる原因の1 つにヒツジ、ヤギの放牧があります。政府は以前から禁止していましたが、山地の農民には不可欠の収入源ですので簡単にはやめられません。いまでも完全にはなくなりませんが、ずいぶん減ってきました。とくに太行山地域ではその効果が目につきます。
中国政府は環境問題に熱心でないという認識が日本では強いのですが、私がみるところ、かなり力を入れているといっていいでしょう。植林緑化については、やりすぎではないか、ここまでムリをする必要があるのかと思うことさえあります。
● 経済膨張が生み出す新たな問題
その反面、新しい問題も生じています。大同市最南部の霊丘県は太行山に属します。大同は中国一の石炭産地ですがこの県にはなく、産業は農業だけといってよかった。水が少ないうえに平坦地がなく、農家一戸あたりの耕地は平均65a ほど。長らく国家級の貧困県でした。
ところがこの県の最近のGDP 成長率は市で一番、大同における経済発展のモデルとまでいわれます。それを支えているのが鉄鉱石を中心とする鉱山の開発。太行山はもともと地下資源には恵まれますが、交通が不便なうえに分散していて開発効率が悪く、資金もありませんでした。ところが近年の中国経済の拡大・膨張で鉄もセメントも足りません。南方からの資金と地元幹部の関係者が組んで開発するケースが多いようです。個々の規模は零細で資金もかけていません。鉄鉱石を磨りつぶし、水で洗って選鉱しますが、そのさいに水を汚します。まっ茶色の水が未処理のまま流されるのをよくみかけます。下流の村の幹部が県の環境保護局に駆け込んだところ、「毒はない! 」と一蹴されたそう。経済上は千載一遇のチャンスですから、ありそうなことです。
県内の水は最終的には唐河に集まり、太行山脈をぬけて河北省に流れます。西大洋ダムは保定市の重要な水源ですが、それだけではありません。
オリンピックを控えて北京市は水源確保に懸命です。急がれているのが南水北調・中ルートの石家荘― 北京間の工事で、太行山のふもとの4 つのダムの水を北京へ送ります。西大洋ダムもその一つ。あの茶色い水を春先、畑の灌漑に使っているのをみかけます。内蒙古からの汚水を山西省で使い、大同で汚染した水を河北省や北京市がつかう。鉄にはたいていマンガンが同居します。マンガンを摂りすぎると人間は大脳をおかされるそう。広い範囲の水系や土壌が汚染されるのが心配ですね。
最後はまた水の話になってしまいました。耕して天に至る。山の上まで耕した畑を、再び森林や草地に返す壮大な事業がはじまっている。