黄土高原から(3)
認定NPO法人・緑の地球ネットワーク事務局長 高見邦雄 |
| 北京の水が危ない |
今年の山西省大同市は、春は深刻な旱魃でしたが、夏の雨に恵まれました。ときには10分間で50oといった局地的な豪雨もあり、畑の作物が濁流に流されたところもあります。にもかかわらず、大同市の多くの河川にも、ダムにも、水はほとんど出てきません。大同の代表的な3つのダムの貯水量は、それぞれの貯水能力の10%を切っています。
太陽はトウモロコシ畑を照らす
大同の中央部を西から東に流れるのが桑干河です。そのあと河北省にはいって、洋河、壷流河などと合流して永定河と名を変え、北京の水ガメ・官庁ダムに注ぎます。何年かつづけて、その流入口付近をみてきました。もとは大きな河だったようで、そこにかかる鉄橋は長さが1.5kmもあります。しかし現実の流れは幅が4〜5m、底の石が顔を出す浅さで、流量はわずかなもの。
流れのほかの広大な土地はトウモロコシ畑です。河底で土が肥え、水分に恵まれているため、一般の畑より作物のできはいいのです。付近の農民は、河に水が流れてくることを期待もしなければ、恐れもいません。『太陽は桑乾河を照らす』(丁玲著)は教科書にも載る国民的な小説ですが、もし彼女が現在の光景を目にすれば「太陽はトウモロコシ畑を照らす」を書くのでしょうか。
官庁ダムも、とくにその北側は、水際がかつてのそれから1q以上も後退し、干上がった湖底が畑になり、ブドウ、リンゴ、トウモロコシが栽培されています。
私たちは大同市を南北に移動するさい、桑干河にかかる固定橋をかならず渡ります。ここで私が最後に流れをみたのは1997年夏で、付近の農民がヒツジの群れを追い込んで、からだを洗わせていました。黄土を含んだ茶色い水ですが、そのときまでは流れがあったのです。
その後、雨期の夏でも一滴の水もなく、カラカラに乾いていることが多かったのです。ところが最近、少しだけ水が戻ってきました。しかしそれはまっ黒な汚水で、橋の上まで刺激臭がただよいます。
井戸が涸れ、飲み水にも困る農村
飲み水に困る村が増えています。広霊県の苑西庄村では、4つの井戸で1日に汲める水はバケツ100杯で、それを150人の村人と家畜で分け合っていました。見るに見かねて、井戸を掘るのに協力しました。幸い水がでましたが、深さは176m。通水式の日、村の老人は私の手を握って離さず、「もらい水の村の歴史に終止符が打たれた」といって大泣きしました。1998年初夏のことです。そのときの気持ちは変わらないようで、日本からのツアーが訪れると、よその村に嫁にいっている女性や、出稼ぎにでている人まで村に帰ってきます。
楊窰村は苑西庄村のすぐ下手にある人口800人の村。ここでも私たちはアンズ栽培に協力し、何度も村に泊まりました。畑のなかに深さ80mの井戸があり、灌漑に使っていました。最近になって、この村の井戸が涸れてしまい、飲み水に困るようになりました。遠くの谷底まで湧き水を汲みに通っていますが、村の規模が大きいだけに、解決は容易ではありません。
大同県遇駕山村は黄土丘陵にある水の乏しい村です。近くの谷底の伏流水をポンプアップしていますが、1人1日あたりの使用量はわずか15.6Lです。その水が最近になってさらに減少しています。もともと水の乏しい村ほど、水量の減少が急で、文字通り存亡の危機に立たされるのです。
高所の村は飲み水に困るほどですが、盆地の村は経済的にも比較的恵まれ、地下水位も浅いので、井戸を掘って地下水による灌漑を行います。灌漑が可能な畑はそうでない畑に比べ、一般の年でも3〜5倍の生産力があり、旱魃の年には灌漑可能な畑だけ収穫があり、天水頼みの畑は収穫ゼロ。条件さえあれば、井戸を掘って灌漑するのは当然でしょう。結果として地下水位は低下しますが、その影響が最初にでるのは、井戸を掘った村ではなく、山や丘陵など高所の村です。
深刻さを増す鉱山による水汚染
最近になって新たな問題が発生しました。中国経済の急膨張にともなって、鉄もセメントも不足しています。従来は採算に乗らなかった零細な鉄鉱山まで盛んに開発されます。霊丘県は太行山のなかにあり、大同のなかでも最貧困県でしたが、いまでは大同市のなかでGDPの伸び率は最高です。その推進力が鉄をはじめとする鉱山の開発。
掘り出された鉄鉱石は磨り潰され、大量の水を使って選鉱されます。谷川のきれいな水が、茶色に濁ります。施設は零細で、汚水は処理されることなく、河に流されます。
私たちの植林現場近くの施設は上寨河の水を汚染していました。上寨河は唐河に合流し、太行山脈を抜けて河北省の大西洋ダムに注ぎ、保定市などの貴重な水源となるだけでなく、2007年からは北京の水源として利用されます。その水が汚染されていました。
下流の村の幹部が県の環境保護局に赴くと、回答は「毒はない」の一言だったそう。貧しい山間部で、鉱山開発は発展のための千載一遇のチャンスであり、このような対応はありうることです。その後、いくらかの経過をたどって、その施設1つは廃業しました。しかしこのようなケースは無数にあります。
内蒙古自治区から山西省に流れてくる水は、汚染されてまっ茶色です。春先の灌漑のために、その水を畑に引き込みますので、広範囲の土壌汚染をともないます。そして山西省で汚染した水は、下流の河北省に流れ込みます。
中国には「水を飲むときは井戸を掘った人のことを忘れるな」という格言があります。私は「水を飲むときは上流のことを考えてほしい。逆になにかを流すときは下流のことを思いやってほしい」といつも話してきました。そのことの大切さを痛感させられるこのごろです。
水問題は食糧問題に発展する
繰り返しになりますが、大同は北京の水源です。大同で水が涸れれば、首都北京も無事ではすまないはず。しかしオリンピックにむかって北京は、驀進につぐ驀進、膨張につぐ膨張です。そのなかでみる節水のスローガンは、あまりにも虚しく感じられます。
北京市区内の2008年の水需要は20億m3を超えるのに、供水量は8億m3ほどで、12億m3余り不足するという予測があります。現状でも北京の水資源のおそらく80%以上が地下水によるもので、過剰な汲み上げのために地下水位は急速に低下しており、北京の「地下水空庫」は1959年から1980年までに20億m3、1980年から2000年までに56億m3に達したといいます(出所は北京市水利局など)。
このような水不足を一挙に解決する方策として「南水北調」が計画されました。雨が多く、しばしば洪水を引き起こす長江の水を、水不足の深刻な北京、天津に運ぼうというのです。東、中、西の3ルートが計画され、東と中の2ルートはすでに着工しました。しかし、この2つは、水源ならびに通過点の汚染が深刻なことから「汚水北調」になると危惧する声があります。
南水北調が成功したとしても問題は残ります。生活用水と工業用水は解決できても、農業用水までは回らないでしょう。
農業へのしわ寄せはすでに始まっています。北京市では節水の一環として、それまで2万haあった水稲の栽培が2003年から禁止され、小麦の作付けは40%に制限されました。そして2007年には小麦も全面禁止されるそうです。
|
|