黄土高原から(2) 
認定NPO法人・緑の地球ネットワーク事務局長 高見邦雄     
黄砂は悪者か? 

 数年ぶりの激しい風砂
 この春、日本でも黄砂がひどかったようですね。私が滞在していた山西省大同市は黄土高原の東北端ですが、ここでも風砂が激しかったのです。ブワーッと土煙が迫ってくると、あわてて背をむけ、しゃがみこんで目をつぶります。それでも口のなかはジャリジャリ。  野外活動を控えるように、という黄砂警報もでました。でも、この地元タイプは見た目には強烈でも、実際はかわいいものです。
 本格派の故郷はもっと西です。数人の死者が出たとか、列車の片側の二重強化ガラスがほとんど割れたというニュースがありました。中国では沙塵暴といいます。日本語に訳すと砂嵐といったところでしょうか。

 大同はこの本格派の通過点でもあります。タクラマカン、ゴビなどの沙漠で巻き上げられた土が偏西風に乗って東へ東へと運ばれていきます。昼間でも夕暮れのように暗く、ときおり白っぽい太陽が顔をみせては消えていきます。空気も黄色く濁ったようで、視界は1kmもききません。その翌日に北京で風砂が騒がれ、さらに2日後に日本で黄砂がニュースになります。
 黄砂と中国の沙漠化を結びつけて、センセーショナルな報道があったようです。私もさるテレビ局の取材に大同で応じ、それが放映されましたが、中国の沙漠化が深刻化し、悪いものが日本に飛んでくる、といった内容でした。それには違和感があります。

風砂・黄砂は地球の歴史

 砂嵐も黄砂もいまにはじまったことではありません。タクラマカンやゴビが土を飛ばす現象は、いまから170万年前から現代までつづいています。黄土高原の面積は52万km2で日本の国土の1.4倍ですが、そこの土はそれが積もったものです。黄土地帯となるとさらに広く、華北平原の大部分、東北地方の一部が含まれます。中国の国土の相当部分を黄土が覆い、中国文明はそこに成立しました。
 黄土高原の黄土層は数メートルから厚いところで200mだそうです。仮に85mとしましょうか。170万年で85mだと1万年で50cm、100年で5mm、1年で0.05mmです。時間の長さでいっても、広大さでいっても、地球規模の歴史です。
4月17日は北京で1日に30万tの土が降ったといって大騒ぎでした。1m2あたり20gだそう。それを厚みにすると0.014mmほどです。あれくらいの土が毎年平均4回、170万年降りつづくと85mになる計算です。北京としては多いでしょうが、異変、異常というほどではありません。
 そんなに長い話でなくても、風砂には多い年、少ない年があります。北京で緑化協力の予備調査をした1990年ごろ、こんな話がありました。「1950〜60年代は砂嵐が多く、外出に苦労したし、洗濯物を外に干せなかった、緑化がすすんだ結果、風砂がおさまってきた」と。そのとき私は「そんなに急に改善されるわけがないでしょう」と答えました。

黄砂が増えた、ほんとうか?

 その後、2000年前後の数年間、風砂が激しく、北京空港が閉鎖されたこともあります。日中韓の環境大臣会合で黄砂対策に共同で取り組むことが決まり、日本でも研究者が急増しました。皮肉なことにそのあと黄砂はおさまって、静かな年が何年かつづいたのです。昨年は中国でも「緑化の成果で風砂がおさまった」という報道が多かったのです。ところが今年はまた多い。
 中国の国家林業局の発表によると、「発生源において雨が降らなかったため乾燥がひどく風も強い」のが原因だそうです。そのとおりでしょう。沙塵暴や風砂の発生には乾燥と風が最大の要件であり、関係するのは地球規模の気象です。もう1つの要素が草木のない荒れ地や畑が広がり、風で土が舞い上がることです。沙漠化の進行で沙塵暴が増える可能性はありますが、従属的な要素でしょう。その点からすると、発言すべきは気象部門だと思うのですが、なぜか林業局がでてきます。沙塵暴の対策としての植樹ということで、予算がからむためでしょう。

 では、日本の黄砂は増えているのでしょうか。気象庁が設置する103か所のポイントで目視による観測が継続されており、前世紀までは観測のべ日数(同じ日にnポイントで観察されればn日として計算)が年間300日を超える年はまれだったのに、2000年以降は毎年になり、2002年は1200日近いのです。この数字をみると驚異的ですが、観測日数(同じ日に複数ポイントで観察されても1日と計算)では、増加傾向にはあっても「のべ日数」ほど顕著ではありません。
 人びとの実感では増えているようです。以前はなかったのに最近でてきた、と思っている人が私の周辺にもいます。事実としては昔からあったのです。「春の野に 霞たなびき うらがなし この夕かげに うぐひす鳴くも」(大友家持)をはじめ、万葉集には霞を詠んだ歌がたくさんありますが、この霞は黄砂のことです。万葉の昔から黄砂は春の風物詩でした。
 現代人が黄砂をいちばん意識するのは車の屋根の汚れでしょう。車をもつようになったからです。そして以前は身近だった土ぼこりも、道路の舗装で遠のいた。「汚れ」という実体があるわけではなく、それは社会関係がつくりだすもので、畑にある土は汚れではありませんが、車の屋根の土は汚れになります。生活が土から離れることで、土が汚れとして意識されます。世間の関心が集まると観測者も注意深くなり、観測される回数が増える。ありうる話です。


高見邦雄プロフィール
認定NPO法人・緑の地球ネットワーク事務局長。1992年から山西省大同市で緑
化協力を継続し、毎年100日前後、現地の農村に滞在している。緑の地球ネットワー
クはこれまで友誼奨(中国政府)、おおさか環境賞・大賞(大阪府)、明日への環境
賞(朝日新聞社)、国際交流賞(毎日新聞社)などを受賞している。