超級的城市−上海(8)      「スーパーシティ上海」編集長 姫田小夏
今年は「日系企業に微風」もあり?
              −どうする、深刻化する人材難
        (写真提供:姫田小夏)
  
◆日系企業、いよいよ人材難に
 中国で中国人と仕事をするということは、海外畑がどんなに長いビジネスマンといえども大変らしいし、中国人管理職ですら、部下である中国人社員の手綱さばきには相当苦労している。
 
 もともと上海は多国籍企業がヘッドクォーターを置く土地でもあり、ただでさえ欧米企業並みの待遇を期待できない日系企業は、中国人人材の確保に苦戦を強いられている。
 日系企業はさながら「欧米企業のための人材研修センター」そのもので、熟したところで欧米企業に刈り取られてしまう。
 そんな話はすでにいい尽くされているところだが、加えて2005年は反日デモと小泉発言のおかげで2国間が底冷えしてしまい、人材確保がこれまで以上に増して困難になってしまった。
 
 かつて、日系企業は上海人の憧れの職場だったし、日本語を学べば金になると思われてきた。
 だが、ある上海の区立中学校は昨年9月から日本語教育を打ち切って英語に一本化、また日系企業側も中国人スタッフの応募が減るなど、これまでにない経験を強いられている。
 ある日本の大手家電メーカーはここ数年、中国人技術者の本社採用を継続的に行っているが、今年の応募者数は昨年の3分の1に減ってしまった。
 「日本からはもう中国人並みの技術者は期待できない時代になった。けれども、中国人技術者はすでに日本に興味を持っていない」と採用担当者は肩を落とす。
 
 こんな話もある。
 ある企業が採用者に内定を出した。1週間前にさらに確認の通知を行い、入社当日を待った。
 「ところが開けてビックリ。5人のうち3人が当日ドタキャン。さらに待遇がいいところに流れてしまったわけです」(日系アパレルの販売担当者)。
 ここ上海では「内定通知」など何の拘束力も持たない。
 
 日系企業のイメージ向上に過剰に神経を使う日系企業のトップの姿も散見する。
 ある大手メーカーはデモをきっかけに社内体制の見直しに乗り出した。
 日本人駐在員のアフターファイブの過ごし方や休日のゴルフについても社員に注文をつける。
 「誤解を受けるような行動は謹んで」と品行方正を求める行動規範はもとより、日本人だけが徒党を組んでいるかのように見える集まりは避けさせ、ゴルフに至っては「できるだけ日本人同士ではプレーをするな」とのお触れを出した。

◆上海郊外でも「働き手の不在」
 2007年までに上海市は150の多国籍企業のヘッドクォーター、180の研究機関、140の傘型企業を誘致する計画を持つ。
 人材獲得戦争はますます激化するだろう。
 ふだんの慢性的人材不足に輪をかけての「人材欠乏」に、各社は手を打ち始めている。
 ある日系大手企業は1000万円出してでも欧米系企業から優秀な人材を引きぬこうとの戦略も検討するようになった。
 中国人が憧れる会社であり続けようと、日本人中心の旧来の人事体制に抜本的なメスを入れる企業もある。
 中国人を幹部に引き上げ、よりいっそうの現地化を図ろうというのだ。
 
 問題は一握りのビッグカンパニーではなく、圧倒的多数を占める日系中小企業である。
 日系工場の担い手であるはずの中国人管理職は華やかな都心のオフィスに転職、期待した上海郊外の地元労働者もまた次々と都心に流失しホワイトカラー化する・・・、日系の進出工場はこんな事態に直面している。
 上海郊外では人材の空洞化が進み、外から入ってくる外省人に頼らざるを得ない上、月給1000元でももはや労働者を動かすことができなくなりつつある。
 
 05年12月、ジェトロ貿易振興機構の発表では、上海市の平均賃金が、20年前の22倍、月平均にして2600元に達したことがわかった。
 かといって工場を内陸に移したところでそこにもやはり働き手はいない。
 すでに「そこそこの人材」は都会に流出してしまっているためだ。
 しかも、いくら地元の労働者であっても「地元水準の給料」では外資系には寄り付かない。
 ネットや携帯で瞬時にして伝わる都会情報、もはや内陸の賃金もどんどん「上海スタンダード化」しているのだ。
 安価な労働力に魅力を見出せたのは過去の話で、今では中国人社員の顔色をうかがい、日本の水準を超えるような破格の待遇、それに匹敵するような福利厚生を切り札に出さねばならなくなった。
 日系生保が上海で販売する企業向け団体保険に問い合わせが殺到している背景には、給料頭打ちの現状で、福利厚生でなんとか定着を図ろうという工場側の危機感がある。

◆日系企業、再評価の予想も
 「企業公民」という新しい言葉がある。
 2006年の中国ビジネスにおけるキーワードとして注目されるもので、これまでの利益追求主義から、企業統治、道徳、環境、公益活動などを大切にしようという新しい価値だ。
 05年の吉林石化の爆発事故は我々の記憶にも新しいが、同年はこのほか、“毒入り粉ミルク”や禁止食品添加物の使用などの事故・事件が多発した1年だった。
 つまり、企業公民という概念は「会社が儲かればそれでいいのか」という企業の社会性を問うものだ。
 例えば中国の大手不動産に万科というブランド企業があるが、この企業は05年、従来の企業の管理運営や株主、従業員の満足度だけの追及から、「社会の中の企業としてどうあるべきか」を模索し始めた。
 03年、04年をピークに中国沿海部の不動産が高騰したが、これは結果として住宅を必要としている中・低所得者層に手には届かないものにしてしまった。
 そんなことから万科は06年、これを社会問題のひとつととらえ、解決に当たることを目標に据えた。
 
 中国では05年末、「第2回中国最佳企業公民行為(英文:China Corporate Citizenship Award)」として、20企業が選ばれ、キヤノン、ソニー、広州ホンダの日系企業3社が表彰された。
 ソニーは北京、上海にソニーギャラリーを開設したこと、キヤノンはその環境意識の高さが評価された。
 ソニーギャラリーは子どもが初めて触れる科学の世界、北京のそれは3000万米ドルという投資金額で、なおかつ6歳以下は無料としたところが社会的に評価されている。
 中国の日系企業に対する世論は少しずつ変化している。
 12月8日付けの「21世紀経済報道」は日系企業の中国における追加再投資が進んでいると富士通、コニカミノルタ、富士写真フィルムを評価、その背景には日本経済の好転があると大きくクローズアップした。
 これまで中国の日系企業に対する報道は感情的で、媒体によっては事実確認もしないような記事の掲載が続いたが、2006年を転換点に「再評価」が始まる可能性もある。
 特に前述したような「企業公民」という新たな価値が、日系企業を表舞台に引っ張り上げることも期待できるだろう。
 一方、肝心の中国企業にとってはまだまだ儲けたい一心で、「企業公民」としての道も「我関知せず」と歯牙にもかけない。
 こうした価値が浸透していないだけに、中国における日系企業にとっては、その経済活動が再評価を受けるための好材料になるとも解釈できる。

◆働き手の質を問えば・・・
 日系企業への再評価で人材不足が解消できるのか・・・、否、現実はまだまだ厳しい。
 確かに中国には大企業が泣いて喜ぶ優秀な人材が存在する。
 だが、仮に優秀な人材がいたとしても、決して根づくことはなく、すぐに転職、もしくは起業してしまう。
 それを象徴するエピソードがこれだ。
 張琳さん(仮名)は月給1万元をもらう高給取り。 だが、彼女は転職を検討中。
 「残業は多いし土日も出勤、このままでは体を壊す」というのがその理由だ。
 上海の物価が東京の4分の1程度と見積もると上海の1万元は50万円超に相当する好待遇。
 だが、彼女の関心は「もっと楽して稼ぐ」こと。
 
 昨年11月、4万人が臨んだ国家公務員試験は、17人に1人が合格という狭き門だが、特に昨年は高給取りのホワイトカラーの集中が目立ったという。
 「苦労して金を稼ぐのはもうご免」、この現象には上海人特有のメッセージが込められている。
 加えて、これからさらに進行する世代交代、一人っ子世代の台頭に危惧する声はあちこちから聞こえる。
 「『ちょっとこの会社にアポイント入れてくれる?』と頼んでも返事なし。 受話器をおもむろに持ち上げて、一言『あー、面倒臭い』ですよ。上海人+有名大学、聞こえはいいけれど、正直使えません」
とある日本人駐在員は昨今のオフィスワーカーの現状を話す。
 
 工場でも状況は同じ。
 「どんな貧しい家庭でも自分の一人息子に工場労働はさせられない、そんな傾向が増えています。今の10歳が10年後に成人してももはや3Kの工場労働者は選ばないでしょう」(上海市嘉定区の日系工場)。
 皮肉なことにこの格差あってこそ、労働力が確保できていたわけだが、上海ではその均衡が崩れてきているのは前述した通りだ。
 
 また、有名大学出身が期待通りのパフォーマンスをしてくれるかというとそうでもない。
 「優秀な人材とそうでない人材」の格差も大きく、その差を埋めるような中間的人材が圧倒的に欠如する。
 中国のサービス業界の発展がいまいちといわれるのもこの辺に理由があるためだ。
 金銭の多寡で動いてくれた時代はまだまし。
 だがそれをも効力を持たなくなった現在、求められるのは、人材の“確保”にこだわらなくても回していけるようなシステムづくりということか。