超級的城市−上海(7)      「スーパーシティ上海」編集長 姫田小夏
東京の子ども、上海の子ども   (写真提供:姫田小夏)  

 この夏、久しぶりに実家に帰った。
 東京の北のはずれにある王子は下町だが、誰もが愛着を持っているとみえ、一度、進学や就職などで転出しても、再びここに戻ってくる傾向が強い。だから町内の顔ぶれは祖父母の代から変わらない。
 変わったといえば子どもの数である。
 あそこの駐車場に、あの家の壁にと、かつて自転車乗りや落書きを楽しんだ自分たちの思い出を追ったが、ついに現代の子どもたちは影を見せなかった。
 母校をたずねてみてびっくり。1学年1クラス、せいぜい多くて2クラス、残りの教室は巨大な物置きと化していた。
 上海の日本人学校は1学年9クラス。
 世界一のマンモス校になろうとするその勢いと、他校との合併を目の前に100年近い歴史を閉じようとする東京の母校。
 世界からヒト、モノ、カネを集める上海と、少子化ゆえに発展の担い手を失おうとする東京とを比べないではいられなかった。

◆上海の「小区」は理想のコミュニティだが
 「激変」の上海から戻った私には、「変わらないなあ、この町も」と樹齢600年のオオイチョウに癒される一方で、小さな変化に「うーむ」とうならされることがたくさんあった。
 そのひとつが土地の有効利用の名のもとに、しきりに不動産業者が誘った「宅地のマンション化」である。
 ○子ちゃんちも、△男君ンちもみんなこざっぱりした小さなマンションになっていた。
 年金に期待を抱けない日本人にとって、老後の収入源は確保しておきたいものだが、そこで生活させられる子どもたちにとっては実に窮屈極まりないのが高級集合住宅。
 「マンションの玄関で遊んじゃダメ! そんなところに落書きしちゃダメ! エレベータの乗り降りは静かに!」――とまあこんな具合に制約だらけ。じゃあ、どこで遊べばいいの!とこれじゃ子どももキレざるを得ない。
 小学5、6年生ともなれば「原宿でも行こか」になる。
 遊びを失った子どもたちが大人に誘い出されて風俗街をさまよう。
 池袋では今、小学生の売春が現実のものとなっており、周囲の学校は注意を喚起しているという近所の話には腰を抜かした。
 上海の新興住宅は「小区」と言って、日本で言うなら「面開発」という、複数のマンションを一緒にしたコミュニティ感覚の開発が主流だ。
 噴水を中心に芝生が広がり、木々が四季の花を咲かせる。敷地は壁で遮断され、限定された門には必ず24時間守衛が立つ。
 管理費の高いマンションとなれば、各マンションの入り口に守衛を配備、人の出入りをカメラで監視するという3重の管理体制だ。
 「お宅の子どもなら、今、(敷地内の)スーパーに買い物に出たよ」。
 守衛は田舎の出身だが、日ごろから仲良くしておくと、こんな風に子どもたちをちゃんと見ていてくれる。
 上海のある小区からは、日本から来た子どもの、楽しそうな声が夕暮れ時まで続く。
 日本の子どもの、「遊ぶ時間はあるけれど、遊ぶ場所がない」というのとは大違い。
 だが、残念ながら日本では地権者の権利が保護されるため、まとまった世帯の立ち退きは実現せず、このような大規模開発は望めない。
 逆にこの小区の恩恵を享受できるのは、中国の強制立ち退きの結果だと思うと内心複雑ではある。
 が、上海ではこの小区があってもやっぱり子どもが存在しない。もちろん一人っ子政策のための少子化があるが、そもそも「子どもの本分は勉強」というゆるぎない定義が存在しているためだ。

◆勉強は中国式か日本式か
 “ガンガンビシバシの中国式教育”と“ゆるみっぱなしの日本式教育”。
 この違いについては過去5年間にわたり、ことあるごとに弊誌『SUPERCITY』で論じてきたが、もはや「どちらがいい、悪い」ではない。
 筆者の娘は小3だが、幼稚園と小学校低学年を「非日本人学校」で過ごした彼女にとって、得たものも多かったが、逆に失ったものも多かった、というのがとりあえずの結論である。
 得たものとは、ズバリ語学。「読み・書き」はネイティブに叶わないものの、彼女は筆者以上に社交家で、得意の中国語でどんどん友達を増やした。
 失ったものといえば、「学ぶ喜び」だろうか。娘は「宿題漬け」のあまり、学習の喜びが恐怖に変わってしまった。 読み・書き・そろばんはすべての基礎だろうが、科挙制度という「試験合格がすべて」という何千年も続く信仰に日本人はついていけない。
 むしろ、日本人はできる子もできない子も、学ぶことを喜びに結び付けてきた。
 これを原点にユニークな製品づくりに転化、経済成長を遂げてきたのは日本人ならではの偉業である。
 クリスマスのプレゼント交換を「大きさ」で勝負するのが上海人なら、日本人は手作りで迫る。
 消費一辺倒が上海人なら、日本人は本来ゴミとして捨てられるべきものを拾い上げ、それに再び息吹を吹き込む循環型。
 日本人はアジアでも稀に見る、繊細で豊かな感性の持ち主だ。
 日本の子どもは上海人以上に好奇心や探究心に満ち溢れていることは、クラスの棚に並んだ「夏休みの作品」で一目瞭然。
 上海の小学生は“ゼロからの創造”には慣れていない。教師たちにもそんな感覚はない。
 将来、日本の子どもたちが競争力を持って国際舞台に台頭しようとするのであれば、「読み・書き・そろばん」以上にこの創造性で勝負してほしいと密かに願っている。

◆ ひとりで留守番は同じ
 家に帰っても誰もいない――。これは日本の子どもも、上海の子どもも同じだ。
 夫婦共働きが多い家庭の子は、夕食までをひとりで過ごす。上海の場合はおじいちゃん、おばあちゃんが面倒をみてくれる(母親が専業主婦におさまるケースは稀)ので、「たったひとりで留守番」というのは少ない。
 しかも、孫との係わり合いはかなり緊密。「勉強、勉強!」と檄を飛ばすのはもちろんのこと、箸の上げ下ろしまで口やかましい。
 だが、それでも家族の絆は強い。
 日本の子どもの周辺には誰がいるのだろう。
 家族の帰宅が遅い上、ご近所も、友達もそばにはいない。
 近隣の子どもへの関心の低さは言うに及ばず、友達も家庭の所得水準で行動パターンが決まると見え、お稽古事で忙しい子とそうでない子の差がはっきりと分かれる。
 町内から遊び場が消え、路上が犯罪の現場と化す昨今、子どもは孤立化せざるを得ない。
 ところで、昔は漫画の立ち読みもひとつの子ども文化だった。ところが駅前の本屋やいつのまにか風俗店に変わり、たまたま見つけた本屋は風俗雑誌のオンパレード。
 日本の産業の低俗化、これもまた目の当たりにした変化のひとつだった。

 離婚問題がさらに子どもの心を暗くする。
 これもまた東京の子ども、上海の子どもに共通する現象だ。
 東京のある公立校では1クラスのうち、3分の1の生徒の両親が離婚をしていると言う。
 上海もまた離婚都市。昨年は1日に75組の割合で離婚の届け出があったそうだ。前年比にして40%近くの増加。
 国は違えど、東京も、上海も「子どもを健康的に育てる社会環境」が共通の問題となっている。
 最近、東京在住の上海人の、上海回帰が顕著になっている。
 中国のWTO加盟前後は上海の活況が移動を促したが、昨今は日本の社会環境の悪化が「上海回帰」の動機になっているようだ。
 日本国籍を持ち、子どもは日本で教育――、それがステイタスになったのも過去のこと、今の上海人にとってはどちらも魅力的でない。
 「日本はあまりにも凶悪化している」。
 東京在住年15年の陳さん(仮名)も思春期を迎える娘を抱え、上海へ戻ることを考えている。
 治安、秩序を保てない東京は国際的求心力も失うどころか、地元東京人ですら子どもの身の安全を憂慮する土地に成り下がった。
 久々の実家帰りにもかかわらず、モヤモヤとした複雑な気分に陥ってしまった。