超級的城市−上海(5)      「スーパーシティ上海」編集長 姫田小夏
上海庶民のささやかなるレジスタンス  発展一辺倒も“踊り場”に 
                                         
 (写真提供:姫田小夏)   

 「最近のあなた、とってもじゃないけど見ていられないわ。ちょっとばかり世間が注目したからって、ブイブイいわせちゃって。小金が貯まったからってスカしてんじゃないのよ。私はよっぽど前のあんたの方が好きだった、コツコツとひたむきに頑張っていたから。今じゃあなた、金の匂いがしないと動かない。義理、人情なんかありゃしないじゃないの」――。
 
 上海という街に人格を持たせれば、今の上海は恐らく「長年寄り添ってくれた」彼女、あるいは妻に三行半を突き付けられる“突如、豹変してしまった男”と表現すればわかりやすい。
 筆者の上海生活は今年で9年目の続投、この変遷を傍らで観察し続けた外国人のひとりだが、市民にとっては変遷以上の「豹変」、これに心を痛めているのは他でもない当の上海老百姓(一般庶民)たちなのだ。
 
 今年3月上旬、地元紙の『新聞晟報』が市内の複数のマンションが価格操作を行っていたと暴いた。
 ダミーの購入者を用意し、ある特定住戸を複数回にわたり予約・撤回を繰り返させ、価格を高騰させたというものだ。またそれと時期を重ねるようにして黄浦区のあるマンションでは、サクラに行列を作らせてあたかも「買わなきゃソン」との人気を煽り、マンションの価格を高騰させたと報じられた。
 
 これを聞いて激怒したのが老百姓である。
 「市の中心じゃ、1平米当たりの価格が3万元を超えるなんて当たり前さ。けれどおかしいと思わないか? 今の上海、本当に家を必要としている人が買えないんだよ」。
 夏さん(仮名)は今年56歳、しかたなくマンションのガードマンを続けている。
 文化大革命ではヒーローだった彼らの世代は、女性はレジ打ちか販売員、男性ではガードマンかビルの清掃人ぐらいの職しかない。
 彼は今、90年代後半まで勤務していた国営工場が払い下げた9平米の部屋に親子3人で生活。1950年代に建てられた北向きの住宅から一日でも早く脱出しようと、職を転々としながらもマンション購入に当てる軍資金を絞り出してきた。
 息子が外資系企業に就職して3年、ローンを組める身分になってからは「来年あたりは買えるかもしれない」と、暗いトンネルの先にようやく希望の光を見出すようになった。
 ところが計算が年々狂う。
 「2000年当時、目星をつけたマンションは1平米当たり3700元だったが、今年こそはと思うと価格がガンと上がる」
と夏さん。
 その夏さんの「今年こそは」の期待はその後何度となく裏切られ、目当ての物件の単価は04年、ついに1万元を超えた。

 三十路も間近の息子を抱えた老夫婦は焦る。
 「これじゃ結婚もできやしない…」。
 ここ上海でも夫の資産鑑定抜きには結婚はできない。
 生活条件の向上と息子の結婚、2つの明確なる動機がありながらも、この「実需」は今の上海では叶えられないものになっている。


物価狂乱、洋服一枚も買えない
 上海の不動産市場は2つの見方が存在する。
 昨年来のマクロ調整を機に「買い」は止まり「売り」に転じたというものと、「買いはまだまだ、価格も上昇する」というものだ。
 
 生活者はこのマクロ調整で泡(:あぶく)が削がれ、少しは正常化に向かうかと期待していたが、実需を離れた不動産市場の迷走は止まるどころか、「世界の消費市場」「2010年の万博」が過剰なまでの自信を与え、ついに「平米単価5万7890元」という化け物マンションまで登場させる顛末となった。
 しかし、購入者は地元上海人ではない。非地元人が、内外問わず各地からの上海に人が流入、マンションの在庫不足は慢性化すると睨み、不動産投資を行う。
 “外からのお客さん”によって地元民の生活は脅かされている状態だ。
 こうした高騰が、老百姓の購入対象となるマンションにまで飛び火、短期的高騰を招き、たとえ中古であっても「高嶺の花」となる事態だ。
 
 賃料は商品価格に跳ね返る。
 外国人生活者と地元生活者の合流する古北新区のカルフールでは米、食用油、食肉は数年前に比べ異常なほどの値上がり。
 03年23元だった東北米は04年下半期には40元以上の値段をつけるようになり、同じ時期で比較をすると食肉はキロ当たり16元から20元に値上がりした。食用油は1・8リットル当たり23元だったのが、05年に入ると34元にまで上昇した。
 百貨店に並ぶ婦人衣料はまだ日本の方が安いくらいである。
 ゼロがひとつ増えた売り場を堂々と闊歩できるのはよほどの金持ちということになる。
 筆者も一頃は日本との価格差に「安い、安い」と買い物三昧を楽しんだものだったが、最近はまるでそのうまみがなくなったことを痛感している。
 駐在員の奥様方ですら「財布の100元がすぐになくなる」と引き締め財政に転じるほどだ。

 月給は年々上昇するも、それでもカバーしきれないほどの高騰振りに、上海老百姓の多くがギリギリの生活を強いられている。
 「セーターなどここ何年、買ったこともない」――。
 いつも愛想のいいマンションのお掃除おばさんが顔を歪めてこう言い放ったのには、さすがに胸がふさがれる思いがした。

ささやかなる抵抗に出る老百姓
 上海老百姓のささやかなるレジスタンスが始まった。
 筆者が親しくしている上海人の陳さん(仮名)、彼はたとえ自分が失業しても、街頭に募金箱が立てば最低でも10元は入れる篤志家だ。
 ところがここに来て陳さんの行動がガラリと変わった。
 「最近はもう入れなくなった」と言うのだ。
 「どうせ募金したところで、官僚のメシ代になるだけだ」と失望を訴える。

 党員や官僚の汚職は連日のように報道されている。
 つい先日も北京市の元交通副局長の畢玉璽が収賄で起訴された。
 『新京報』紙によると、畢玉璽は建設会社などから77回にわたり1004万元(約1億3000万円)の賄賂を受け取り、300万元(3900万円)の国有資産を仲間と分けたという。3月2日の『日本経済新聞』はその金額を「農民の平均年収5000年分に相当」と表現、「03年12月から04年11月までに摘発された案件は16万2000件」と報道した。

 先日、乗り合わせたタクシーの運転手はこんなことを漏らしていた。
 「毛主席の時代はよかった。汚職が露見すればたちまち銃殺だったが、罪はきちんと裁かれた」。
 この運転手に限らず、彼らの生活は豊かだとはいい難い。
 「テレビはある、レンジはある。物質的には豊かな生活にはなったが、まだ当時(毛主席の時代)の方が幸せだったかもしれない」
と今の“狂乱振り”を否定する。

 王さん(仮名)は脱税で抵抗を試みる。
 アパートを外省から出稼ぎに来た女性に貸しているのだが、毎日、「税金は収めないのか」と居民委員会から矢のような催促が来る。
 だが、王さんはそれを拒否し続けている。
 それは悪意ある脱税行為というより、もはや老百姓の唯一与えられた主張に等しい。
 「2000元かそこらの賃料、税金はたかだか100元だ。官僚が海外に公金を持ち出して賭博する罪に比べたら、屁でもない」
というのが王さんの言い分なのだ。

 「義理、人情もなくなった。友達は誰も手を差し伸べてはくれない」
と吐露するのは宋さん(仮名)である。
 宋さんもまた文革世代だが、信じるところがあって、あるバイオ製品の販路開拓に取り組んでいる。
 03年の売上高は2万元、04年の売上高はようやく12万元に伸びた。しかし黒字化への道のりは程遠い。
 恐らく周囲の友人らは「たったそれだけ?」と冷笑しているに違いない。
 宋さんは商品の宣伝・販売をすべてホームページ上で行っている。店舗もなければ広告もない。今の宋さんにそんな資金はない。
 自らが老板(社長)だが、商品の許認可申請から販売活動、アフターサービスまですべてやるのは自分だ。食事は自炊、移動はバスと切り詰めた生活でもある。
 その宋さん、まずは上海市場を開拓とばかりに、ある日展覧会場にブースの出展料を打診した。
 返事は「3m×3mの9uで1日3万元」。
 腰を抜かさんばかりに驚く。
 誰もが上海ドリームに憧れたのは今は昔、今では金持ちにしか描けない夢となってしまった。
 その敷居の高さに、「上海はいつの間にこんなことになってしまったんだ」と宋さんは目を白黒。あとは退散を決め込むしかないのか。
 宋さんのこの一番苦しいときに、友人らはただ無言を決め込むだけだ。

「古きよき時代」と回顧
 「毛主席の時代は公平で、平等だった」
と回顧する上海老百姓を目にする機会は一度や二度ではなくなった。
左右に大きく振れた時代ではあったが、老百姓はそれを総じて「古きよき時代」として回顧しているようなのだ。

 日本の書籍が伝える毛沢東像は“奇人”にまで歪められ、「だから中国は普通じゃない」という日本人的偏見の格好の材料にされるものもあるが、実は決してそうではない。中国では誰もが100年に1度の偉大な政治家だと認識しているのだ。

 世界の最先端商品が手に入り、ありとあらゆる国籍の食品がスーパーに並び、ファッショナブルな国際都市に変貌した上海、市民の生活は格段に向上しているはずなのだが、なぜか心の空虚が伴う。
 「先富論」のもと、猛ダッシュで先を走った上海経済の勝ち組たちは、不動産をあちこちに買い込み、賃貸に回し悠悠自適の生活だ。
 だが彼らの足元には勝ち組が招いた地下高騰のしわ寄せを受け、底辺から這い上がることすらできない老百姓がいる。
 そもそも絶対的な公平、平等社会などはありえないにしても、上海老百姓たちはいかにしてその精神的なバランスを取り戻すのだろうか。
発展一辺倒で一目散に急階段を駆け上がった上海、差し掛かる踊り場で「時代の問い直し」がなされようとしている。