| 超級的城市−上海(3) 「スーパーシティ上海」編集長 姫田小夏 |
| 「別天地・上海」での駐在・されど「心の不毛」も (写真提供:姫田小夏) |
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| 日系企業が多数入居する虹橋地区のオフィスビル |
航空会社に勤務する主人公・恩地元は組合の委員長を引き受けたばかりに、島流しに遭う。「任期は2年だから」との約束でカラチに赴任、ようやく帰国の途につけると思ったら今度はテヘラン、そして就航便もないのになぜかケニアのナイロビにまで飛ばされる―
最近、上海駐在のビジネスマンが山崎豊子著『沈まぬ太陽』を貸してくれた。これは『週刊新潮』に連載後、平成11年6月に新潮社から刊行された書籍で、政治と結びついた航空会社という巨大組織をモチーフに、「良心を失いつつある日本の精神的不毛」を描き出したものだ。新書としての話題はすでに薄れているが、いまさらながらに「上海の駐在員」らが手に取る理由がしみじみと伝わってくる。本書は著者の5年の取材活動を経て世に出たものであり、著者自身も主人公のたどった道を歩いていることから、私はそれをほぼ「実録」として受けとめた。
1960年代、当時、パキスタンの首都カラチでの駐在生活を誰がし得たであろうか。2月でも真昼の気温は35度を越し、マラリア、赤痢は当地では普通の病気だ。水は煮沸して飲まないとたちまち下痢、だがその水槽にはゴキブリが浮かぶ。後から来た家族を寝床で待つのは蚊帳にびっしりたかった南京虫。魚市場の魚は魚と識別困難なほど、黒山の蝿がたかる。カースト制度の名残で身分ごとに仕事がわかれているため、サーバントは洗濯、炊事、床掃除と目的ごとに雇わなければならない。車はかの地における日常の足だがしょっちゅう故障、部品の「新品交換」にも修理だけでごまかす。自動車と冷房機の修理に精通していなければここでは生き残れない。日々が闘いそのものである。そして突然勃発するインパ戦争では、誰を優先して非難させるかをめぐり日本人社会はパニックに陥る・・・。
この主人公は70年代に入ると最果ての地ナイロビに送られる。家族帯同などとても困難な土地だ。現地の日本人の中には中小企業の工場長もいるが、10年と日本の土を踏めない覚悟でやってくる。
日本経済が本格的に世界に目を向けるのは、さらに10年以上先のことである。ましてやアジア・アフリカの価値の見直しがなされたのはごく最近こと。そんなことからも、海外で奮闘する先達の、筆舌に尽くしがたい苦労がしのばれる。
◆顔を出す「複合的なひずみ」
同じ駐在でも、現代における上海の生活はまるで比にならない。今は電子メールがあるだけでもありがたい。しかも上海からならば2時間もあれば大阪に着く。「赴任知としての上海は別天地」――、かつては「シブシブ駐在」も多かったが、今ではすっかり「駐在地の花形」になった。人の意識、企業モラル、仕事環境にしても2000年以降は格段に向上、途上国への赴任なら誰もが苦渋を舐めさせられる「裏金」の請求も今ではほとんどなくなったといえる。イスラム教国なら厳禁である酒や女も豊富に供給される。もちろん、妻にとっても「上海駐在はラッキー」なはず、買い物、エステ、お稽古事とフル回転で生活を謳歌する。
だが、「日本人の精神的不毛」はさらにここでも浮き彫りになる。
その最たる例が「日本人の夜遊び」だ。日本の歌舞伎町よろしくどんどん新たな「仕掛け」が現れ、内容がエスカレートする。ここでその内容を描写することは避けるが、まともな日本人ビジネスマンは「いくらなんでも・・・」と眉をしかめる。
“上海バブル”が指摘されるが「バブルに浮き足立っているのは日本人のほうだ」(日系大手メーカー総経理)の声も。金曜日の晩は「いつもお父さんが家に帰らない」。複数の同じ境遇の家族が母子で連れ立って、ラーメンをすする姿もある。驚かされるのは、日本人小学校の低学年の子供たちが、「中国の小姐がどういう行為をしてお金を稼いでいるのか」というその内容を知っているという事実だ。我々が手掛ける日本語の無料情報誌「スーパーシティ上海」も今や月刊4万部を発行するにまで至ったが、広告主によっては露骨な表現を要求するところもある。編集部としては日ごろから、読者には女性や子供もいることを認識、別冊化し保存方法が分割できるようにしている。極力表現を改め、また業態によっては扱いと取り下げるなどの配慮も行っている。こうした編集活動を通して見ても、「バブル」の感は否めないのである。
一方、ホステスをする中国人の女性の中には、地方から拉致されて来る女性もいる。今年8月『産経新聞』に掲載された記事は目を覆うばかりであった。「私はもう何百人の男性に体をボロボロにされている。もう故郷には二度と帰れない」。都市部での経済発展はこうしたひずみをももたらしているのだ。
エイズという問題も無視することができないだろう。HIV感染者は中国全土で84万人、発症例は8万人にも上った。注目すべきは「援助交際」によるエイズ罹患率の急増だ。97年で0・1%だったのが、01年には0・6%に。04年を迎えた今、当然その数字は右肩上がりで増えているだろう。先日、ある住宅街で集中的に無料コンドームが配られた。その意図は定かでないが、「エイズが蔓延しているからか」との憶測も飛び交う。
◆日本人を日本人を狙い撃ち
古い因習やタブー、世間への遠慮から日本人がこの異国で解き放たれるのは結構だとは思うが、こうした産業だけを切り取っても「複合汚染」ならぬ複合的なヒズミが顔を現すのである。
ビジネス面でも「不毛」が露呈する。日本人駐在員の仕事の半分近くが視察団のアテンドとなる昨今、現地では彼らの悲鳴が日に日に強くなる。着任間もない駐在員に「言葉のストレスもあるでしょう」と話し掛けると、「言葉以上に、日本からの訪問者が多いのは、仕事の一部とはいえ本当に困る」と顔をこわばらせた。土日返上、本業にはしわ寄せ、日本以上に激務の様子が垣間見られる。家族帯同の駐在であっても、父親は常に不在なのだ。
また、視察団を手厚くもてなした結果、恩を仇で返されてしまったケースもある。視察を経て晴れて新工場設立に至ったまではいいが、「(視察団を手厚くもてなした)某企業の社員が顔を並べていた」ことが発覚。「血も泪もない戦国時代」とその社長は嘆く。
上海も中心部から少し離れれば、そこはもう10年前の中国の姿だ。だが「信じられない奥地にも日本人がいる」(在上海日本国総領事館)。家族も友人もなく、来る日も来る日も工場の食堂で食事を済ませる日本人、その哀愁は想像に難くない。60歳を過ぎた熟年者がまとも病院もない環境の中で命を失うケースもある。
都市部では最近、日系企業を狙った詐欺集団が跋扈するという話もある。日本人が日本企業を狙い撃ちするケースが浮き彫りになり、すでに実名も挙がっている詐欺集団に対し、「注意するように」との警告も出回っている。
◆上海市場に過度な期待を寄せすぎる
5万人に膨れ上がろうとする日本人社会に「これだけ日本人がいるのだから」という安心感もあるだろう、失敗しても2時間も飛べば日本に戻れるという気軽さもあるだろう。さらには2010年の上海万博までは――との手堅さもある。日本はこれから深刻な少子化をたどる。だからこそ突如として出現した「宝の山」に業界問わず虎視眈々になる、その理由も理解できる。だが、決していい話ばかりではないのである。上海の在外公館による「日本にいる日本人は上海市場に過度な期待を寄せすぎる」はズバリ的を得た発言ではないだろうか。これから上海を目指す方にはぜひ知っていただきたい。「別天地」といわれる裏には心の不毛も存在するのだと。
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