| 超級的城市−上海(2) 「スーパーシティ上海」編集長 姫田小夏 |
上海、出現と消滅の輪廻転生 古北新区の新事情 (写真提供:姫田小夏)
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◆吹きすさぶ立ち退きの嵐
「あれ、ここも閉店だ」「あそこも立ち退きだ」。都市再開発と住宅開発の真っ只中にある上海では、こんなことがしょっちゅうある。この上海のめまぐるしい変化、恐らく日本から遊びに来る旅行者のみなさんも、そこで始めて日本から持ってきたガイドブックがアテにならないことを覚るのではないだろうか(そんなときのための地元誌『スーパーシティ上海』なんですがね)。
期待に胸を膨らませ、「今日はビールと新彊風串焼きだ!」などとピークに達した妄想の、その後の行き場のなさといったらない。筆者は上海在住の数年間で、多くの贔屓店を失った。上海市政府の計画に基づく強制立ち退きには、たとえ市民による絶大な支持を受ける人気店であったとしても、抗う策はない。「無念…」、その一言に尽きる、鳴く子も黙るような立ち退きだが、最近また2つのオアシスを失った。ひとつが古北新区の「古北花鳥市場」である。
ここでは文字通り、生花やガビチョウやインコなどの小動物が売られていた。花の値段は年々豪快な値上がりを示し、古北のインフレを観察するには格好の場所だった。3年前は3元も出せばちょっとした花束を変えたものだが、この春にはヒヤシンスの小さな束を買っただけで15元も請求されたのには腰を抜かした。古北の住宅エリアに隣接するとあって、外国人価格が平気でまかり通る、昨今は新参者が増えたせいもあり、おのずとそのボッタクリも豪快になるのであった。
この市場を囲むようにして、古北路沿いに十数件が軒を連ねる飲食街があった。あるイタリア料理店のリゾット、そしてシンガポール人オーナーが作る「海南鶏飯」を目当てに、休日は足しげく通ったものだが、今年6月、ついにこの一画が消滅した。一軒、一軒くしの歯が抜けるように…というのは日本的な展開であって、ある日を境にばっさりと消滅するというのが上海流である。しかし、「全員が右へならえ」の中で、断固動かない店があったのは興味深い。外界と遮断するように外壁で囲われ工事の足場が組まれようとする中で、「凱旋」という名の美容院は壁に穴を開けて客を誘導していたのである。ゴーストタウンと化した「古北花鳥市場」にあって、唯一最後までネオンを輝かせていた唯一の店だった。
しかし上海には、やはり「消滅と出現」というタイトルがよく似合う。感傷に浸る間もなく、すでに話題は古北で進む新たな開発に移っている。「古北第2期」といわれるプロジェクトがそれである。
◆古北第2期の全貌
古北新区といえば「外国人村」の異称を持つほど、国際色豊かなエリアである。1994年に基本形ができ、アジア経済危機の影響でしばし開発に中断があったものの、02年から工事が再開され、04年には「上城」「四季晶園」「東方倫敦」「黄金豪園」という、そうそうたるネーミングの新築マンションが続々と竣工し、従来の古北新区に加わった。現在韓国、日本、アメリカ、イギリス、フランスと30の国家と香港地区・台湾地区・マカオ地区からの2000世帯が居住するまでに発展した。と同時に、外国人が集まるこの新区は、その後の上海の発展に新たな価値観を送りこんだ。上海の高級住宅開発に古北のスタイルが模範になったことは言うまでもない。また、「古北人」という流行語も出るほど、古北新区に住むことは上海人のステイタスにもなっていった。90年代を代表する上海の顔といえば、まさしくこの古北新区だったのである。
そして、「古北第2期」の開発がいよいよ佳境に入った。そのために前段で紹介したような花鳥市場の立ち退きもあったというわけである。古北第2期、その全貌とは100万uの居住区とそこに集まる学校や商業施設、緑あふれる公園――、である。特にその緑化率の高さは注目に値する。古北第1期の緑化率は低かったものの、これが40%に達する。緑と住環境が密接に結びついた理想都市空間が誕生するのだ。
中心となるのは700メートルに延長された黄金城道。この道沿いは歩行街となり、商業施設や観光スポットが取り囲む。強制立ち退きで失われたレストランやみやげ物店が、ここを受け皿に復活するというしくみだ。もちろん、これからは外資が小売という新たなる領域に向けて堰を切ってなだれ込む時代となることから、参入の隙間を狙う日本勢も好立地を確保しようと虎視眈々だ。しかし、問題は言うまでもなく「賃料」である。開発に金をかければ「これまで通り」とはいかなくなる。話はやや脱線するが、これは深刻な社会問題と化している。
そもそも上海に「小店」と呼ばれる物売り屋が多いのは、失業者救済と深く結びついているからである。何の技術も持たない50代前後のおじさんおばさんが手っ取り早く職にありつけるといえば、「物を売る」といった商売しかない。上海、どこでもメシ屋か雑貨屋か衣料品屋かというこの手の店が多いのは、こうした事情もあるためだ。商品を右から左に流すことで何とか食い扶持にありついているわけだが、昨今ではこの間口1間ほどの小店も賃料が2万元を超すところもあり、手が出ない状況にある。
そして上海の物価がどんどん高くなるのも、この辺りに理由がある。04年4月の消費者物価は2・3%増、前4ヵ月の累計と比べて1・5%増。過去数年間で最高の数字となった。
外国からの投資増に手を叩いてばかりはいられない。特に、上海はオランダ病(突然石油が発見されると外資が大挙して進出、地元の産業は衰退することの意)とも思われる側面があるとマクロ経済学者はいうが、基本建設投資で見ても外資は3割、内資は3割、残り3割が上海の地元企業という比率は、決して健全だとはいえない。別の角度からみても、大挙して外国人が訪れる上海は日本の観光地と同じで、物価そのものが市民の生活から非常に乖離したものになるという問題を生じさせる。
◆古北を取り込む虹橋開発区も再開発
ところでこの古北第2期は虹橋開発区の新たな開拓の延長にあるといっていい。目下のところ虹橋開発区は0・67平方キロしかないが、これを天山路まで取り込み、1・77平方キロにまで拡張するという計画がある。国連ビルや国連大学の計画が進むのもこのエリアである。この長寧区の都市計画顧問として参画する日本人浜野安宏氏がいるが、同氏はライフスタイルプロデューサーとして赤坂「MUGEN」、六本木「AXIS」横浜「みなとみらい21」の総合プロデューサーを務めており、その実績が高く買われ虹橋開発区の再開発に起用された。弊誌03年12月号ではその詳細について「虹橋開発区に『表参道』ができる」というタイトルですでに報道済みだが、虹橋開発区という立地の割には人の流れができにくいこの街に、高級ブティックやレストラン、娯楽施設を集め、ビジネスの中心地でありながら「人にとって心地いい」街にするのが狙いだという。
こうした意味で古北新区、その第2期はさまざまなビジネスを目論む経営者にとって必見のエリアになっている。
さて、立ち退きで始まった今回の話題のオチはもうひとつある。昨年、上海の永源路に日本村をキーコンセプトに店舗と話題を集めた「楽市楽座」という一画ができたが、現在、わずか1年で地主より立ち退きを求められている。テナントは「最低2年間、長くて5年は大丈夫と保障され、内装工事に金をかけたのに」と、怒り心頭だ。上海はいつ何時立ち退きを命じられるかわからない。当該土地に将来何が建つか、事前に関係当局で自ら調べることをお勧めする。
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