超級的城市−上海(1)      「スーパーシティ上海」編集長 姫田小夏
上海に見る「食」の発展空間                   
◆「一風堂」ダントツ人気のその理由
「ええっ! 待ち時間30分?」――。期待していたお昼ご飯が宙に浮いた。土曜日の昼だから、待たずに入れると楽観してかかったら、あにはからんや、長蛇の列。ざっと見積もっても20人は並んでいる。どうしたことだ。今日は土曜日のはず、ビジネスマンなら出勤もないはずだ。
 ここは上海の虹橋開発区にあるオフィスビル国際貿易センター。今年2月、同ビル1階に福岡県のラーメンチェーン「一風堂」がオープンした。ふだんはこのビルに勤務するビジネスマンがお客の大半を占め、12時前にはもう決まって列ができている。
暖簾に腕押し、行き場を失った筆者はローソンの弁当で妥協することにした。最近、ローソンはこうした惣菜系に力を入れているのだが、完全に現地化を描いているため、味は日本人の求めるそれではない。「妥協」と書いてしまったのもそれが理由だ。本日、5元で買ったお弁当は「台湾肉燥蓋交飯」、ひき肉のあんかけと青菜が入っている。想像以上に美味ではあったが、毎日となるとかなり苦しい。
「一風堂」が出店する以前、ここには「太湖船」という中華料理店が入っていたが、値段が高い割にはうまいというわけでもなく、完全に国際貿易センターの顧客を取りこぼしていた。ところが、「一風堂」はここに勤務するサラリーマンのみならず、日本人奥さんや地元中国人を大きく取りこみ、大盛況。しかもビジネスマンのいない土曜日もまた、平日と変わらぬ賑わいに、筆者も腰を抜かしたというわけなのである。
 「一風堂」の人気は「おいしさ」と「価格」の絶妙なバランスにある。一杯18元から。決して「安かろう、悪かろう」ではない。トンコツスープのコク、しなやかな細麺は日本人も納得し、かつ「こんな味は始めて」という中国人もリピーターに取りこめる商品なのである。しかも内装にも力を入れ、実に好印象。「18元のラーメン」を出す店なのに、中国アンティークを取り入れた瀟洒ないで立ちなのだ。ホールには教育の行き届いた従業員を多数立たせ、とにかく「待たせない」営業に力を入れる。昼休みも返上で原稿を書きつづける私のような者にとっても、この存在はありがたい。

◆「現地化」も考えもの
 夜間の営業状況がどうなのかは別として、「一風堂」が勝ち組みになれたもうひとつの理由に「立地」がある。
国際貿易中心ビルは虹橋開発区のヘソである。だがこの周辺、店はあるにはあるのだが、ドンピシャリのストライクゾーンにはまる飲食店となると極端にその選択肢が少なくなる。中国人にとっては「高くて行けない」、日本人にとっては「そこしかないから、仕方なくいく」。(前出の「一風堂」の成功は、この両方を満たした点にある)特に中国人が経営する日本料理店の昼食は、どこの店も紋切り型だ。魚や肉料理の周りにご飯、味噌汁、サラダ、茶碗蒸、煮物がつく。ご飯は硬く、サラダのドレッシングは年柄年中同じ味、毎日食べる身としては、「茶碗蒸はもう勘弁してくれ」である。日本なら経営者によって十人十色の店があり、味がある。だが、上海はこうはいかない。上海に200軒を超える日本料理店が発展していること自体、奇跡と見なければならないが、駐在期間が長くなるにつれ「茶碗蒸はもう勘弁してくれ」というような状況に陥る。日本食がその存在だけでありがたがられた時代は終わり、無情にも「もっといい店はないのか」とわがままを満たしてくれる店を求めてさまよい歩く。
だが一方、売り手側はこの程度でも日本人は食べてくれる、と信じ込んでいる。確かにそれで商売も成り立っている。「むっちゃ繁盛」とまでは行かなくとも、そこそこの客足に満足しているような状況だ。飽きを感じ始めた日本人客をつなぎとめておくには、「もう一工夫」が迫られる。
しかし、である。ある日突然、「日本人向けの営業は止めました、これからは中国人のお客さんに向けて日本料理を食べていただきます」と宣言されたらどうだろう。最近は所得の向上とともにグルメな中国人が増え、日本食も味わう時代となった。「うるさい日本人を相手にするなら、現地の中国人相手に」とシフトされても致し方ない。「顧客の現地化」もこう考えてみると空恐ろしいものがある。

◆成功の裏には「コツコツ」が
 そんなどんぐりの背比べ状態からぬきんでる日本料理屋がある。それが老舗の「伊藤家」だ。昨日は、あまりに客数が多すぎて畳にも椅子席にも座れなかった。案内されたのは併設するナイトクラブ。あの布張りの低いソファに座り、サバの塩焼きをつつくのは何とも複雑な心境。だが、それも許せてしまうのである。「魚がうまいから」が理由だ。「伊藤家」がすごいのは、いつ行っても変わらぬ味、変わらぬ大きさ(これは一番大切!)を維持していることだ。ホールには直接、責任者が顧客・従業員の流れの“交通整理”に乗り出す。「あそこは食事がでてないぞ、どうなってんだ」。そんな些細なことでもそれを重視した結果が今日にみる繁盛店なのだ。
上海は今、オフィスビルの建設ラッシュだが、どのビルも人の流れを作るためのキーテナントにこの「伊藤家」を入れたがるらしい。実はこの「伊藤家」にはこんなエピソードがあった。「これも日本人駐在員がたたき上げてくれたからこそ。『まずい、こんなの食えるか』と怒鳴られた、だから『今度こそは』と一生懸命になった」――。経営者は上海人。すべてはこのハングリー精神の上に培われたものだ。日本人の板前さんにありがちな、「オレの味がわからんだと?もう来なくて結構!」という頑固さがなかったからこそ、発展することができたともいえる。

◆「おしゃれ」も実は中身がない
 コツコツと努力した結果栄光を手にした典型だが、一方で新参組も勢いがある。東京や大阪でも定番となりつつある、板張りのシックな内装にダウンライト、しかも個室に分かれ、隠れ家的に使える店――。最近、そんなおしゃれな店があちこちに姿を見せつつある。しかし、中には「雰囲気だけ食べてくれ」と無言の主張をしているかのような店もある。
 某店のアスパラサラダには驚いた。皿に4本のアスパラが寒そうにコロがっている。北海道の太くて柔らかいものならまだしも、当店のものは冷凍モノ。チーズの盛り合わせには目が点になった。「これ、スライスチーズじゃないの!」しかもご丁寧に6分の1に再スライスし、皿に盛り付けたのはそのうちの2枚・・・。いかに上海がバブルだからって、それはイカンでしょう。
 日本料理に限らず「高かろう、悪かろう」が実は上海の趨勢で、食材、メニュー内容、サービス、価格のバランスがバシッととれているようなところはごく一握りだ。筆者自身、この上海に7年いるが、贔屓の店が少ないのが悩みのタネなのである。
 今に見る上海は一見、何でも出揃っているようだが、実は心から満足できる店は少ない。だが、先日、こんな朗報を得た。近々、大阪から頼もしいお店が進出してくるとか・・・。料理長自ら、「安心を売っていけるような店にしたい、上海の日本料理、全体の底上げにつながるような存在に」と言葉にも力が入る。決して敷居の高い店ではない。価格とメニューのバランスも、というのが料理長のポリシーだ。

◆地元資本が生んだ爆発的ヒット
 さて、最後に上海地元資本が生んだ“爆発的ヒット”を報告しておこう。市内にチェーン展開する「東北人」、ここは中国東北部の味をメニューにとりいれた珍しい店だ。大都会上海には、地方料理は山ほどあるが、この「東北人」に見るような発展例はない。
筆者も最初は半信半疑、「第一、東北部にはうまいものは何もないはずだ」とタカをくくっていた。東北名物の酸菜(漬物)の鍋物を中心に、粟の入ったご飯(とても素朴!)やザル豆腐(これ、最高)、太春雨(かなりハマる)やジャガイモの細切りサラダ(ヤミツキに)のほか、餃子やお焼きを注文。ところが、どれもなぜか懐かしい味ばかり。しかも非常に美味である。その上、彼らのパフォーマンスがおもしろい。店員のユニフォームは東北部でよく使われる布団の柄にも近い派手な柄で、女の子はみんな揃いの赤いオベベと髪には赤いリボンをつけて登場。ひとつ料理が運ぶごとに、「××の料理が届きましたあ」と大合唱してくれる。ビールの栓を箸を使ってスポンとあけるのにも驚かされたが、それ以上に同じ中国人なのに言葉が通じないことにもびっくりした。東北弁は完全にお手上げだ。しかしこの「東北人」こそ、上海に出現した味とパフォーマンスの異空間。人々はこの非日常性に「また、行こう!」となる。
しかし、日曜日は要注意だ。待合室がまるで「ハルビン発・上海行きの満員列車」のようなすさまじい有様となる。空席待ちのお客にはひまわりのタネが配られる。彼らはその殻をプップッと床に吐き出しながら時間をつぶす。床はひまわりのタネだらけ・・・。
こんな光景も今では上海で目にすることはなくなった。こぎれいにしていないと肩身の狭い思いをする世の中だ。だから、地元上海人こそが、忘れられた過去のものに誘われるようにして、なんとなくこの店の門をまたくぐってしまうのだ。