中国レポート(7)
農村から見た中国の社会矛盾      姫路獨協大学助教授 阿古 智子    
 中国では急速な開発により生じた社会矛盾への対応が急務となっている。それを如実に示しているのが、炭鉱事故、土地管理、農民の異議申し立てなどである。
 
 2004年、全国の炭鉱死亡事故は3639件、死者6027人に上った。国家安全生産監督管理総局及び中国石炭工業発展センターの試算によると、2003年の石炭生産量は17.28億トンだが、6.28億トン分が危険な状況下で生産されたという。
中国政府は安全対策の補助金を支給しているが、依然不十分であり、2005年2月14日には214名もの死者を出す大事故が遼寧省阜新市の炭鉱で発生した。
 特に劣悪な環境にあるのは、(1)過剰採掘している国有炭鉱(2003年は7695万トンを生産。主に山西省、陝西省、内蒙古自治区などに集中)、(2)老朽化や破産によって正常な生産能力を失っている炭鉱(同年6500万トンを生産)、(3)郷鎮(県の下の行政単位)の小規模炭鉱(現在24487カ所、同年は6億トン以上生産)である。

 炭鉱事故以外に問題となっているのが、違法な土地買収である。毎年十数万件が摘発されているが、8−9割は行政当局が関与しているという。
 2004年4月に江蘇省で発生した鉄本鋼鉄事件では、7つの企業が22のプロジェクトを申請するように見せかけ、違法に6500畆(1畆=6.7アール)の農地を収用し、製鉄所の建設を計画していた。
 総投資額105億元(約1365億円)の大型案件だが、地方当局ぐるみの悪質な職務規律違反や企業の脱税行為も明らかになり、行政命令で工事はストップしている。

表1:違法な土地買収−最近の事例
■山東省即墨市の違法開発
 2004年秋、山東省即墨市馬山地区の3村4600畆の農地が違法占拠され、巨大な工業用地に変わった。
開発業者は荒地開墾や緑化事業が目的と説明していたが、現在、ゴルフ場とレジャーランドを建設中。
■福建省の事例
 2004年12月、福州とアモイを結ぶ324号国道沿いの便利な場所にショッピングセンターの建設を計画していた不動産業者が、土地を所有する農家の息子を刺殺し、夫妻にも重傷を負わせた。
 一家は補償金が1平米当たり300元と少なく、離農後の再就職先も保障されていないとして土地売却を拒んでいたが、結局1月には、業者に促された地方政府が地元住民の立ち退きを開始させた。
■「大学城」(大学タウン)の建設
 全国で既に50以上あるといわれる。
 湖南の「岳麓山大学城」は44平方キロ、河南の「鄭州大学城」、湖北の「黄家湖大学城」は50平方キロと広範囲にわたる。
 南京の「仙林大学城」は70平方キロ(北京大学26個分に相当)。
 教育事業と銘打ち低価格で土地を入手しているが、教育施設のみならず、別荘、レジャーランド、グルメ街などを備えるものが多い。
 「東方大学城」は初期計画の1万畆の用地内に6640畆のゴルフ場を建設。
                                                                                    (出所 )新聞報道を整理。

 乱開発が進む中、2004年は土地に関する「上訪」(異議申し立て・陳情・直訴。信訪ともいう)が上半期だけで2003年の総件数を超過した。
 事態を重く見た中国政府は2004年4月29日、『土地市場の一層の整理整頓と厳格な土地管理に関する緊急通知』を発布。
 5月1日から半年間、
(1)農地転用による建設用地の確保、
(2)県から市・区、郷から鎮への改編(県・郷は農村部、市・区・鎮は都市部の扱い)に伴う土地利用計画の改定、
(3)農地保護区調整に関する各種計画の改定を停止した(「三つの暫定的な停止」)。

 国土資源部によると、本政策により摘発された違法案件は4.69万件、耕地面積は15318ヘクタールに上る。
 8月には4150のプロジェクトが停止に追い込まれた。
 しかし一度破壊された農地の復元は困難であり、勤めに出たいと考える農民も多い。
 土地収用に伴う強制移転や補償金をめぐる対立の他、税・費用の負担軽減や財務公開の要求、腐敗した行政や司法当局への抗議、農村合作基金会の廃業に伴う補償請求などに関し、農民争議が拡大している。
 なかには、鉄道や道路の封鎖、政府庁舎や幹部宅の包囲、占拠、襲撃などの示威行動も見られる。

 農民争議は1990年代から特に目立ってきたが、よく知られている例として、1992-1993年に四川省仁寿県で約1万人が、1996-1997年には安徽省、河南省、湖北省、江西省などで数万人から数十万人が相次いでデモを展開し、多数の死傷者を出した。
 「上訪」は幅広い範囲で行なわれ、2003年は1000万件に上っている。

表2:最近の比較的規模の大きな農民争議
発生年月日 発生地点 内      容
2005年
7月〜10月
広東省
広州市太石村
村と開発業者がひそかに進めた大規模な農地収用計画に怒った農民らが村幹部の罷免を要求。
この動きがインターネットを通じて全国に広がり、学者、弁護士、ジャーナリスト、人権団体などが支援活動に参加。
罷免投票に必要な署名を集めたにもかかわらず、上級政府が不受理としたことで農民らはハンストや庁舎前での座り込みを実施。
公安当局はリーダー格の農民らを拘束した他、現地で支援活動をしていた民主活動家で作家の郭飛熊氏や記者らを逮捕
2005年
6月
河北省
定州市縄油村
国家重点建設プロジェクトの河北国華定州発電所の建設用地収用をめぐってトラブルが発生。
市が提示した補償金に不満を抱く村民らが建設用地に簡易住宅を建て、建設工事を阻止していたところ、迷彩服を着て猟銃や刀、こん棒などを持った200−300人の武装集団が襲撃。
少なくとも6人が死亡、50人以上が負傷。
後に、建設工事の関連事業を請け負った夫婦らが襲撃を計画したとして、夫婦を含む22名が公安当局に拘束された。
2005年
5月
四川省
自貢市
ハイテク開発区建設に伴う土地収用に対し、農民らが抗議。公安当局は80人以上の身柄を拘束し、20数人が暴行を受け負傷
2005年
4月
浙江省
東陽市
化学工場による環境汚染に抗議する農民約3万人による暴動が発生。
負傷者多数、2人死亡。
当局は防護服を着用した警官隊ら約1000人を投入。
催涙弾などで鎮圧に乗り出したが、警察車両が壊されるなどし、警察側も約80人負傷。
2004年
10月
河南省
中牟県
交通事故をきっかけに回族と漢民族との衝突が発生。
28人死亡、重体の約60人を含む計約200人が負傷。
武装警察など1万人以上が配備された。
両民族は黄河沿い農地の帰属をめぐって数十年来対立してきたが、金で片付けられており、司法当局の腐敗が問題となっていた。
2004年
10月
四川省
漢源県
水力発電所のダム建設に伴う強制移転の補償額に不満をもつ地元農民が集結し数万人規模の暴動が発生。中国政府は予定していた河川の水のせき止め工事を延期することを決定。
2004年
3-5月
陝西省
楡林市
国有地収用に対し不満をもつ村民300人以上が武器を手に楡林中学校建設現場に侵入、施工施設を破壊し工事を長期間中断させた。
4月には400人以上がシャベルを手に政府庁舎を包囲し13時間以上にわたり主要道路を封鎖。
5月には警官や役人を41時間拘束したほか、300人以上が村民委員会を占拠し1ヶ月以上にわたって集会を行なった。
                                                  (出所)新聞報道を整理。

政府は民衆の不満を和らげようと2005年1月、「信訪条例」(1995年制定)を改訂した。
(1)民衆が法に基づき意見を提示する権利をさらに保障する、
(2)陳情処理の効率と水準を高める、
(3)地方政府や関係部門の責任を強化する
ことなどが盛り込まれたが、現状では「上訪」や「信訪」を通じて問題が解決されるのはごくわずかである。
中国社会科学院が2004年に直訴農民600人以上を対象に調査した結果、問題解決に至ったのは全体の0.2%に過ぎなかった。2003年に最高人民法院と最高人民検察院に持ち込まれた陳情件数はそれぞれ約397万件と約52万件となっている(『南方週末』2005年1月18日)。

しかしこれまでのところ、こうした農民争議は短命かつ地域限定的なものが大半である。
(1)中央政府は本格的な政治変革を進めるのではなく、対処療法的な手法に止めている、
(2)抗議運動をコーディネートする持続的なリーダーシップ、組織、キャパシティに欠ける、
(3)異議申し立ては分散・個別化している、
(4)都市と農村のつながりが弱い
といった状況から、すぐさま全土にわたるような社会運動には発展しないと考えられる。
また、移動は比較的自由になったとはいえ、依然根強く存在する都市と農村の二元化構造が歯止めになっている。
2005年3月の全国人民代表大会(日本の国会にあたる)では、農村支援策として農業税廃止が決定された。
中国政府はこれまで多額の国債を発行し、外資企業の誘致などに力を入れてきた。
しかし最近では、教育や医療の充実、インフラ施設の建設、農民の自主性を尊重した組織化を重視し、公平を確保するための公共財政への転換を図るべきだとの声が高まっている。
乏しい土地・資源条件下において13億もの人口を抱える中国が、欧米先進諸国の近代化と同様の方法で、急速な都市化やエネルギー消費を進めることは難しい。
乱開発で生じた経済・社会の歪みや民衆の不満にどう対応するか、政府の舵取りが注目される。