中国レポート(5)
大上海の繁栄と民工                        桃山学院大学教授 厳 善平

(1)水増しの所得水準のウラ事情

 上海市統計局は毎年『上海統計年鑑』を発行している。この年鑑には様々な統計指標が細かく公表されているだけでなく、インターネットからでもそれを閲覧、ダウンロードできるから便利である。
 上海市の所得水準が中国の中でトップである。同年鑑の2004年版によれば、2003年の1人当たり市民総生産はおよそ46700元である。それを1ドル8.3元で換算すれば、5600ドルを上回る。立派な中進国の経済水準といえよう。

 ところが、この数字の出し方を少し検討してみると、かなりの水増しが含まれていることに気付く。
 当然のことながら、1人当たり市民総生産というのは総生産を総人口で割って得られるものである。問題はこの「総人口」が誰のことを指しているかである。上海市の統計では、上海市の戸籍を有する、いわゆる「戸籍人口」を使って市民総生産が算出され、経済活動に携わり、上海で暮らしている数百万人もの「外来人口(戸籍の転入がない)」が計算式の分母には入れられていない。

 上海市当局の調査によれば、2003年にほかの省、市、自治区から上海市に流入している外来人口の総数は499万人に上る。外来人口の中には観光、出張など従来の流動人口も含まれ、所得水準の算出に際して、それを取り除く必要があろう。
 2000年の人口センサスによれば、上海滞在1ケ月未満の外来人口が全体の8%を占める。この数字をそのまま利用すれば、2003年に上海で実際に暮らす外来人口は460万人になる。すると、同年の上海市の総人口は戸籍人口1340万人ではなく、外来人口460万人も含んで1800万人になるはずだ。

 それでは、上海市の本当の所得水準はいくらになるのであろうか。
 統計年鑑の総生産を1800万人で割ってみたら、およそ34700元になる。政府の公表値より1万元以上も少ない。上海市政府の公表した1人当たり市民総生産は2003年に35%の水増しになったということである。
 同じ方法で2000年の市民総生産を計算してみたが、市政府の公表値は25%の水増しがあった。

 中国の統計数字の信憑性がこれまでも度々問題視されてきた。
 数年前喧伝された成長率とエネルギー消費の不釣り合い、中央と地方の国民所得統計の不一致などが有名な話しである。
 ここでは、上海市政府のこうした水増し発表を問題にするつもりはない。議論したいのは、日々上海の経済活動に従事し、普通に上海で暮らしている外来人口がどうして所得水準の計算式の分母にもなれないのかということである。
 これは単なる計算式の定義の問題ではなく、中国の社会に潜む農民への制度差別が赤裸々に現れたものなのである。
 外来人口の主体は農業戸籍をもつ農民である。本来、職業を表す言葉としての農民だが、中国ではそれが一つの身分と化している。農民というだけで移住の自由も職業選択の自由も厳しく制限されてしまうからである。この分母にも扱われない農民たちは上海市でどのように仕事をし、暮らしをしているのだろうか。


(2)増え続ける外来人口の実態

 中国では独特の戸籍制度が1958年に作られた。
 計画経済時代には戸籍の壁により自己都合での移住や転職がまったく許されなかった。1980年代以降、自営業など非国有経済の発展や食糧流通の自由化に伴い、地域間での人口移動が増え、農村から都市への就業目的の人口も現れた。

 上海市では、流動人口の管理を強化する目的で、早い時期からその実態調査が行われた(表1)。
 1980年代前半には上海市の流動人口は数十万人で、戸籍人口の数パーセントしかなかった。しかも、流動人口のほとんどが観光旅行などの短期滞在者であり、就労目的の者が少なかった。
 80年代後半、流動人口の総数は100万人を超え、戸籍人口の1割以上に相当するようになった。また、80年代末には流動人口の半分程度が農民であり、6割強が就労目的の出稼ぎ労働者である。
 そして、90年代以降、浦東開発が進められ、市場経済化も進展したため、内陸農村を中心に大勢の労働力が上海に流れ込んだ。その規模は2000年の人口センサスでは387万人、2003年の抽出調査では499万人と、戸籍人口の4割近くまで急増している。
 農民が流動人口の主体で就労目的が最も多いという特徴もいっそう鮮明となった。

 ところが、流動人口という用語法は実に不正確なものであり、「民工」すなわち出稼ぎ農民という表現も実態を反映していない。
 「出稼ぎ」とは日本で農閑期に都会に行き非農業の仕事をしたりはするが、普段の生活基盤が田舎にあり本業も農業であるという人達の就業形態を指しているように思う。
 しかし、上海市の流動人口と呼ばれる人達はそういう就業をしているわけではない。図1が示すように、上海に出てきて、数年ないし十数年も経つ人が大勢いる。また、中高校を卒業して農業に従事した経験もなければ、農業をやることもできない若者は、農民の親をもつことで「民工」と呼ばれ続けている。
 実際の上海市の定住者でいながら、戸籍の転入が認められないため、民工は「暫住」する者として扱われているのである。


出所:『上海市2000年人口普査資料』より作成

3.上海の繁栄を支える民工の悲哀

 上海市では、戸籍人口の出生率が低く、その自然増加率は1990年代初めからマイナスのままである。
 上海市公安局の資料によれば、2003年に、戸籍人口の年齢構成は、14歳以下が9.9%、60歳以上が18.9%、65歳以上が14.8%であった。全国平均22.9%、10.5%、7.1%と較べてみると、上海市の少子高齢化が相当進んでいることが分かる。
 上海市の関係機関では、少子化問題はともかく、高齢化社会を巡っての議論が盛んに行われている。

 少子高齢社会でありながら、全国トップの経済成長を続けてきた背景には数百万もの民工が低賃金でも一生懸命働いている現実がある。浦東新区に林立する工場、あちこちの建設現場、様々なイチバやレストランで民工が最も重要な戦力として経済活動を支えている。
 上海市の戸籍人口では20代と30代が全体の27.5%を占めるのに対して、外来人口における同じ年齢層の割合は63.9%と高い。図2から見て取れるように、青壮年層に大勢の外来人口がいてこそ、人口ピラミッドの比較的安定した姿があったのである。

 問題は、上海市の戸籍をもたない理由で、外来人口が就職、福祉、保険などで酷い制度差別を受けていることである。
 上海市でも長年にわたって、民工に対する就職の差別政策が採られた。民工に対して門戸を開放する職種が労働行政で決められ、戸籍人口が優先される規定も公然とある。
 民工の教育年数は総じて上海市民より低い。しかし、それは民工のほとんどがいわゆる3Kの仕事に就かざるを得ない理由ではない。
 また、同じ工場で働く場合でも、戸籍人口が管理業務、民工が現場作業というような役割分担も実態として存在している。
 さらに、名目賃金の面でも両者の間に4、5割の格差が存在する。多くの民工は1日十数時間働いて、休日などを残業に当てても、1000元程度の月給しか得られない。数人で借りたアパートの家賃や生活費を差し引いたら、手に残るものはほんのわずかである。

 上海市の戸籍人口が当たり前のように享受する医療保険、失業保険などの福祉も大多数の民工には適用されない。普通の年金保険も民工が対象外である。2002年に民工対象の総合保険制度が作られたが、加入者が全体の2、3割しかない。
 一年後どうなるかも分からない民工に、数十年後の年金のために保険料を納めろといっても関心がないのも自然の結果であろう。ましてや、この総合保険の水準は戸籍人口の数分の1しかない。

 戸籍の転入が認められないから、上海の市民にはなれない。
 民工のままだと、就職差別だけでなく、賃金、福祉なども巨大な格差を甘受せざるを得ない。体力をもち、上海の経済発展に必要とされる間は、何とか働いて生活はするが、あの低賃金で上海ではアパートを買い、上海の一市民にはとうていなれない。
 結局、民工のほとんどが渾身の力を燃やした末、田舎に帰還し、自力で老後を過ごすことになる。使い捨て労働者でしかない。

 上海はここ四半世紀に高度成長を遂げた。潤沢な外資、豊富な労働力を背景にこれからも成長が続くかもしれない。
 しかし、上述の現実をみて、何のために、また、誰のために成長を追い求めるのかという疑念を抱かずにはいられない。一部の人達の犠牲を強要して実現された一部の人々の豊かさははたして公正なものであろうか。

注:内側は外来人口、外側は戸籍人口。横軸は歳、縦軸は人である