中日両国の戦略的互恵関係を構築するにあたって、正確な相互認識および善隣的相互信頼が極めて重要な意義を持っています。もちろん、経済の相互依存度に象徴される共通利益は、その基盤として必要になります。ただし、相互信頼を統合の原理として安定化させる場合には、やはり何らかの意味や価値を共有するコンセンサスも欠けてはなりません。なぜならば、このコアがなければ、規範的秩序が成り立たないからです。したがって、経済のみならず、制度や文化をも視野に入れておかなければなりません。すなわち、中日の戦略的互恵関係の構築には、市場原理と共同体原理、あるいはゲゼルシャフトとゲマインシャフトの両方を必要とします。
正確な相互認識という観点からみれば、まず中国の法と社会発展に関する適当な評価をしたいと思います。1990年代半ばから中国社会構造に質的な変化が起こってきました。たとえば、経済改革の面では、市場化のソフトランディングが遂げられ、2007年3月の物権法採択を標識にして個人的自由の保障が強化されました。かかる自由を平等化させるために、中国政府がつい最近いわゆる平均収入倍増計画をも打ち出しました。また、法制整備の面では、私的所有関係と健全な市場メカニズムを恣意的な権力から守るために、法治国家を構築する目標が掲げられ、行政改革と司法改革が長足の進展を見せました。とりわけ2007年10月28日改正されたばかりの弁護士法は、はじめて依頼者への「党派的忠誠」を認め、人権擁護活動に拍車をかけるような条項が組み込まれました。さらに、政治変動の面では、脱イデオロギー化が一段と進み、党内民主から大衆民主へという形で選挙と投票による意思決定の範囲を拡げるような流れも著しく加速しています。すなわち、東洋流の実体的価値と普遍性ある手続民主主義との結合およびさまざまな組み合わせのパターンが中国で模索されており、イデオロギーやレジームなどにおける国際違和感が大幅に縮減しつつあります。
次には、日本のアジア外交における近来の変化も歓迎に値します。1998年以降、とりわけ2001−05年の期間中、中日両国は経済上の相互依存が深まりながら、政治上の対立がかえって増幅してしまいました。その原因はいろいろありましたが、最も重要なのは東アジアにおける経済統合の未来像について、中国と日本の間にまったく異なる戦略的構想を持っており、それゆえに相互理解ができにくくなったことではないでしょうか。その背後に、新しい世紀に関する世界観の相違、あるいは多極化か、それとも単極化かという国際情勢判断の相違がありました。ちなみに、中国は二十一世紀を単なるアメリカ帝国支配として理解しておらず、少なくともアメリカが単独でアジア太平洋の問題を解決することができないと見ています。これに対して、日本の為政者は無原則的にアメリカ一辺倒の姿勢をますます鮮明にしてきました。幸いに、ポスト小泉政権の時代に入ってから上述の状況が大きく変わり、日本もアジアの一員でもあるというアイデンティティや、アジアに戦禍を再び招かないという福田ドクトリンが再確認されはじめています。こうして相互理解ないし相互信頼の前提条件が備わり、何らかの意味や価値を共有するようなコンセンサスも形成しやすくなりましょう。
しかし、戦略的互恵関係のゲマインシャフト要素を指摘しても、いわゆる「価値外交」のコンセプトと短絡に結びつくことができません。一般にいえば、外交とは、そもそも異なる価値や体制の平和共存、妥協および紛争防止の国家的芸術のこと指します。この意味では、「価値外交」には実は外交の終焉をもたらすという危険性があります。ちなみに、価値の相違で敵と味方を決めつけて、コミュニケーションの棲み分けを図っていければ、結局、戦争に辿りつき、あるいは緊張に満ちる冷戦構造が再現してしまいます。だからこそ、2007年の夏に、アメリカとオーストラリアは、欧米志向の「価値外交」構想から距離を置くようにしました。その一方で、アジア的価値の尊重と理解と言っても、東洋志向の「価値外交」を提唱するつもりは毛頭ありません。多様性こそアジアの本質であるといえば、「和して同ぜず」という儒学的原理、すなわち多様性における統合(Unity in Diversity)は、アジア外交の本質をなすとも考えられましょう。
要するに、中日両国の戦略的互恵関係の構築は、東アジア経済統合の未来像および世界的構造変動を視野に入れた壮大な長期的構想を前提としながら、共益性と協力性に特徴付けられた相互作用を通して自己組織化する複数の非強制的メカニズムの緩やかな連携プレーとしてイメージすることができます。かかる複合的枠組みは、民族自決権と経済的繁栄の共有を基礎とする一種の復興共同体として理解できましょう。そうした偉大なる復興プロジェクトの前に、東アジア諸国が一つの運命を共有しています。この限りにおいて、戦略的互恵関係を、相互理解と相互信頼のゲマインシャフトに言い換えてもいいと思います。
|