中国レポート(12)
日系企業における「工会」を巡る状況
大阪商業大学総合経営学部助教授  古沢昌之    


1.昨今の労働事情と労働行政の改革
 「改革・開放」以降の中国においては、「鉄飯椀」や「大鍋飯」の打破に向け、人事・雇用面で様々な改革が実施されてきた。とりわけ、有期の労働契約に象徴される「能力主義・成果主義」人事の進展は、人材と組織を活性化させるとともに、中国全体の高度経済成長に寄与したものと考えられる。しかし、その反面、一連の変革が「格差問題」を誘発し、労働争議やストライキなど「労使間の摩擦」を顕在化させたという側面も否定できない。
 中国国家統計局によると、2005年に各地域の労働争議仲裁委員会が受理した争議件数は31万件以上に達している。これは1992年と比べ約38.5倍の数値である。また、「ストライキ」など集団的抗議行動も相当数発生していると言われる。例えば、最近では、2005年7月〜9月に遼寧省大連開発区の日系企業で連続的に「ストライキ」が発生したことが伝えられている。
 こうした状況下、中国では2001年に「工会法」の改正が行われ、2004年には「労働保障監察条例」も施行された。そして、2006年は「労働契約法」の草案が提出されるなどしている。これら労働行政の改革の底流には、「工会」の機能を強化し、労使関係の一方の当事者と位置づけることで、経済社会の安定を企図する政策的意図があるように思える。
 本稿では、上で述べた問題意識を踏まえ、筆者が2005年に(社)国際経済労働研究所において実施したアンケート調査結果から日系企業の「工会」を巡る状況について報告する。

2.日系企業における「工会」
  ―アンケート調査より―
 ここでは、上で述べたアンケート調査(2005年)をもとに、1998年に実施した同様の調査の結果や米国系企業の状況との比較を交え、日系企業の労使関係に関して探ることとする。

(1) 工会の設立状況
 まず、工会の設立状況については、日系企業で「設立済み」は70%弱であった。1998年調査と比べると、合弁・独資ともに5ポイント以上アップしており、従業員25人以上の企業に工会設立を義務づけた「改正工会法」の効果と捉えられよう。一方、米国系に関しては、工会が設立されている企業は31.3%に留まり、日系より38ポイントも低いということが分かった。

(2) 労働協約を巡る状況
 労働協約を「締結済み」の日系企業は、工会設立企業の56.7%を占めており、1998年調査より12.9ポイント上昇している。工会の労働協約締結権強化を謳った「改正工会法」の趣旨に沿った結果であると考えられる。次に、労働協約締結企業に対し、締結の「経緯」について尋ねたところ、「地方総工会の要請」が最も多く、「地方政府の要請」がそれに続くという結果が出た。「社内工会の要求」は第3位で、「日本側経営者の提案」や「合弁先や中国人経営幹部の提案」という回答も少なかった。一方、労働協約締結による「効果」や「期待」については、「労使の権利・義務の明確化」「労使関係の安定」とともに、「地方政府や総工会からの評価の向上」を挙げる声が多かったことが注目される。これらの結果から、日系企業における労働協約締結が、地方総工会や地方政府といった社外の労働関係機関を意識した行為であることが読み取れよう。これに対し、米国系の「締結済み」は43.3%で日系より13.4ポイント低く、「締結予定なし」との回答が半数に達した。

(3) 工会主席の「専従化」に関する状況
 日系では工会主席が「非専従」である企業が86.8%を占め、1998年調査(84.7%)とほぼ同じ結果となった。すなわち、「従業員200名以上の場合、専従主席を置くことができる」とした「改正工会法」の規定にも拘わらず、専従主席の比率は上昇していないということである。また、「非専従主席」の職制での地位は、「課長以上」が92.3%、「部長以上」が53.8%で、管理者以上の兼任が主流であることが分かる。米国系企業においても専従主席の比率は17.2%で、日系と大差ない状況であった。

(4) 工会との「定期協議」などに関する状況
 工会と経営側との「定期的な協議・情報交換の場」を持つのは、日系では工会設立企業の22.9%に留まり、「必要に応じて持つ」が52.9%で最多であった。「殆ど話し合うことはない」という回答も約1/4に及んでいる。また、「労使協議会」などの「制度」を持つ企業の比率は相対的に低く、労使の「インフォーマル」な交流が主であると考えられる。一方、経営会議へ出席している主席は62.3%に達している。しかし、その内訳を見ると「主席(兼任者)が経営幹部として出席」との回答が31.9%で最多であった。つまり、工会と経営側との定期協議・情報交換の場を設けなくとも、工会主席が管理者以上である場合が多いことから、経営会議の席上で人事労務管理に関する諸問題が議論されている可能性が示唆されよう。また、米国系企業でも「定期的な協議・情報交換」は20.0%に留まり、日系と同様の傾向を示している。

(5) 労働争議やストライキの発生状況
 「労働争議」を経験した日系企業の比率は15.3%で、1998年調査(3.1%)と比べ大幅にアップした。しかも、労働争議の大半が「工会設立済み」の企業で発生していることに注目する必要がある(工会が設立されていない企業で争議を経験したのは1社のみ)。次に、「ストライキ」を経験した企業の比率は5.7%で、1998年調査(4.1%)と余り変わらないが、ここでも、ストライキ経験企業5社のうち4社は「工会設立済み」の企業であった。一方、米国系における「労働争議」と「ストライキ」の発生率は各々5.2%、1.0%で、日系より労使間の摩擦の顕在化の程度が低いことが明らかになった。

3.日系企業の課題
 最後に、上記のアンケート調査結果から、日系企業の労使関係に関する課題を提示する。
 第一は、在中国日系企業の労使関係には「上からの労使関係」の様相が感じ取れるということである。具体的には、日系企業において「労働協約」を締結している企業の比率は上昇しているものの、それは社内の労使の必要性よりも社外の労働関係機関の意向を強く反映した事象であると考えられる。また、経営側と工会の「定期協議・情報交換」など、「労使」の立場を意識した日常的なコミュニケーションは少なく、「労使協議会」のような「制度」を有する企業の比率が相対的に低いことも明らかになった。こうした中、まずは日系企業における労使双方の当事者が、企業レベルでの労使関係の重要性を認識する必要があろう。
 第二は、「労使一体」の関係である。すなわち、日系企業では、工会主席の「専従化」は進展せず、管理者以上の兼任が主流となっている。また、工会主席(兼任者)が経営幹部として出席する経営会議の席上で人事労務管理問題が議論されている様子が伺える。しかし、今日の企業経営においては経営者・管理者と一般労働者の賃金格差が拡大するなど労使の利害の相違が大きくなりつつある。また、農村から都市への出稼ぎ労働者数が1.4億人に達するとも言われる中、彼(彼女)らと都市戸籍者との処遇格差が問題視されるようになってきている。従来、出稼ぎ労働者は工会の組織化の対象とされてこなかったが、最近では企業内でその数が無視できないほど膨張している。今後日系企業には、労使双方の立場を明確化するとともに、所得格差の拡大や農村戸籍労働者の合法的権益保護の問題等への対応を図ることが求められると言えよう。
 第三は、「労働争議やストライキ」など労使間の摩擦である。今回の調査では「工会設立済み」の企業において労働争議やストライキの発生率が高いという結果が示された。また、米国系企業との比較では、日系は「工会設立の義務づけ」や「工会の機能強化」といった昨今の労働行政に積極的に対応しているにも拘わらず、労使間の摩擦が相対的に多くなっている。こうした状況下、中国の経済社会の持続的発展や進出日系企業の経営安定化のためには、日本の労使が培ってきた「労使関係」に関するノウハウや様々な施策を活用していく、別言すれば日本の労使がそれらを伝授するなど「工会の自己変革」をサポートしていく努力も必要ではないだろうか。

〔参 考 文 献〕
・安室憲一・(財)関西生産性本部・日中経済貿易センター・連合大阪編『中国の労使関係と現地経営―共生の人事労務施策を求めて―』白桃書房、1999年。