中国レポート(10)
中国の民主化と法制改革の行方      神戸大学大学院教授 季 衛東    

今日の中国は、欲望自由主義の渦巻きにある。
最近の25年以来、行政規制の緩和は、民間活力を大幅に釈放し、起業の情熱と野性を激発してきた。と同時に、対外開放および社会構造の変遷は、既存の価値体系の動揺ないし崩壊をも齎しはじめた。その結果、各個人の営利動機が、従来のさまざまな束縛から抜け出して、縦横無尽に突き進んでいる。一方では、個人的欲望の膨張は、相当の程度までレッセフェールとチャレンジを促進しながら、中国の経済奇跡を可能にした。報道によれば、去る2005年、中国のGDPがやがて英仏両国を置き去り、世界第4位に躍り出たのである。しかしながら、他方では、欲望の肥大化およびGDP至上主義が、政治改革の立ち遅れとあいまって、機会の不平等、分配正義の欠如、貧富格差の拡大、構造的腐敗の蔓延、環境破壊、エネルギーの浪費、社会関係の破綻など一連の重大な問題を引き起こしたのも、また事実である。その最も顕著な標識として、去年に起こった集団的衝突・暴動の事件数は、全国で8万7000にまで急増したということが挙げられる。

まさにこうした背景の下で、分配の正義や社会調和を求める声がしだいに高まって、しかも激しくなってきた。だから、安定を維持するためにも、中国政府は、「過度に放任された自由」と「計画理性のない規制」に対して反省を行なわざるをえない。それがゆえに、民主化と法治国家の構築についての議論も、再び活発化した。こうしたなか、異なる制度設計が異なる経済モデルに与えた異なる影響をふまえながら、よき市場経済か、それども悪しき市場経済かという選択を契機または梃入れとして、国家体制の転換、とりわけ法治のための制度改革をめぐる基本的なコンセンサスが形成されつつあるかのように見える。
現段階では、中国が直面している背景的な問題状況は、次の四点にまとめて整理することができよう。

第一に、これまで市場に対する政府の管理方式は直接介入の形を取った強硬なものであり、経済関連の諸法規も厳罰主義によって特徴づけられた。その枠内において、弱肉強食のような野性的な自由競争が繰り広げられてきたのである。かような二つの対極が短絡しているところ、「規制すれば活気が失い、緩和すれば混乱が起こる」というジレンマが存続しつづけ、一向改善されていない。したがって、競争の制度的条件に関するかぎり、どのようにその硬直性を洗い落として、社会に応答的でありながら、なお体系的整合性を持つような規制の柔構造を形成し強化できるかは、まず挙げられる重要な課題である。
第二に、中国の経済学者や法学者がはやくも1980年代半ばの時点で、市場のなか「政府は審判員であると同時に、競技選手の役割をも演じる」という奇妙な現象を批判し、「政企分離」ないし市場からの行政権の撤退と国家機関中立化を主張しはじめた。ところが、この問題はずっと解決されず、グローバリゼーションにおいてさらに複雑で、新しい様相を呈した。たとえば、国際競争の過激化および貿易保護主義の台頭が、脱国家化(denationalization)の流れを変えて、再度国家化(re-nationalization)の運動を推し進めようとする動き。あるいは階層格差や地域格差の是正を掲げて行なわれる中国政府の市場介入、再分配およびそのための集権化。等々。
第三に、周知のとおり、法治秩序の根底には、区別と対峙が横たわって、しかも重要な意義を持つが、1990年代以降、世界史的構造再編成を通して、従来のさまざまな制度的境界が流動化し、曖昧になり、権力や主体の複数性に立脚する抑制と均衡のメカニズムもある程度まで崩れかけた。そこで、異なる分野に跨るような問題が頻出し、総合的で多義な解決方式がますます不可欠になってくる。こうした制度的枠組みの変形、創造的破壊および価値観の相対化といった諸現象が中国でもよく見られ、それこそが法継受を困難にし、試行錯誤を通して新しいパラダイムを模索するような傾向を強めている。
そして、第四に、伝統文化や権利意識の影響も無視できない。中国的秩序原理の主要な特徴は、規範よりも事実、権利よりも互恵性という非法化ないし反法化にある。具体的人間関係の前に、あるいはその上に存在するような、確固たる法の観念は、まったくなしとは言いがたいが、確かにきわめて希薄なのである。詳しく検討してみれば、こうした事態を引き起こした原因は、人々が法を知らず、守らないというよりも、むしろ公正に関する自分の主観的理解または選好によって規範を解釈し操作したほうにあることがわかる。その背後には、法治に対する人々の低い信頼度も見え隠れしている。
以上に述べた問題状況を前提としながら、今日の中国は、自由競争と長期的計画理性の間に、実情にかなって政府と取引社会との調和をはかられる「第三の道」を見つけ出そうとしているように見える。定式化したら、それは、「自由のための強制」(すなわち、平等的、民主主義的法治)、または「市場のための計画」(すなわち、個人的選択権を充分に保障しながら、適当に社会福祉を供与し、かつ価値観の多様性を最大限に残しておくような調整作業)によって特徴づけられた体制転換のビジョンにほかならない。いわば普遍的競争メカニズムと民主的法治国家を結合させる形を取るものである。こうした変遷の展望においては、次のような制度的措置が鍵となるかもしれない。
まずは、農民や市民の不動産利益の物権的保障を強化しなければならないことである。すでに国民公開討論を経て、しかも全人代常務委員会の第5回審議を終えたばかりの物権法草案は、既存の所有関係造を営業の自由化のニーズに適えるように再編成し、交換価値と分配正義という二つの側面から所有権の法的意味を再解釈するという点に、その本質を見出すことができる。だからこそ物権法採択の前に、従来の社会主義体制を擁護する勢力はいかなる形での私有化に根強い抵抗を見せて、憲法論争を激しく繰り広げたのである。

ところが、交換価値で以って所有権を再解釈する法命題は、すべての法律関係の債権化・貨幣化を促進すると同時に、結局、公有制の改革だけではなく、国家による収用をもかなり容易にした一面がある。その典型的な実例として、都市開発に伴う強制的耕地収用、建築物解体、立ち退きの容易さおよびそれに対する異議申立の事件の頻発が挙げられよう。そこで、体制保守派と底辺層とが短絡的に結合して、公有制維持の共鳴構造を作ろうとするし、いっぽう、経済改革の既得利益集団は、インフォーマルな私有化による利益を失わせないために、時々農民と市民を人質にしながら、法治と民主化の改革措置を先送りするよう政府としたたかに交渉してきたのである。かかる利害関係がたいへん複雑に絡み合って、一種の奇妙な政治構図をなしているのは現状である。
以上に述べた緊張関係または政治力学を背景として、物権法草案は、収用の制限や適正補償の強調に力を入れながら、公有財産の流失を防止するための条文を設けているが、しかし、草案に示された土地制度は、いまだに過去の規範と事実を是認した中途半端なものにすぎない。とりわけ農村における集団所有制土地の処分に関する農民個人の権益主張に充分な法的根拠を与えなければ、収用と補償の実践では質的な変化が現れにくいではなかろうか。都市開発に伴う建物の強制立ち退きおよびそれに対する異議申し立ての場合にも、同様な問題が見られている。したがって、農民の耕地と市民の家屋に対して債権的保障を与えるだけでは不充分だという観点から、交換の非交換的基礎たる物権法の意義をよりいっそう強調し、その制定を急ぐ必要がある。さもなければ、これまでの経済改革は、九仞の功を一簣に欠くことになってしまう恐れがあり、また、これからの法制改革も確固たる基盤を持つことができない。
物権法をめぐる論争と関連する諸問題には、異なる利益集団のさまざまな主張をどのように調整すべきであるか、社会紛争をどのように妥当に解決しうるかというのも含まれている。いわゆる「調和社会」は、まさに多様な利害関係を整理し協調する努力のうえに成り立つものであると言ってよい。したがって、端的にいえば、「調和社会」をめざす制度改革は、機会と分配の公正性および均衡性を保障するための条件づくりにほかならない。かかる作業のなかに、租税法律主義を導入し、代議機構の予算監督機能を強化することは最も重要視しなければならない。この意味で、中国の民主化は、まず各級の人民代表大会を、技術性の強い「予算議会」へと改造するというところから始まるべきである。

したがって、暫くは根本的な政治問題をある程度まで非政治化して、棚上げしておきながら、代議機構の活動を異なる利益集団の間の公平な分配に焦点をあわせるように、漸進的に制度化措置を仕掛けることが政治改革の成功の鍵となる。言い換えれば、中国の政権党は、まず経済の方面において公平競争(自由の原理)および公平分配(平等の原理)を確実に保障し、かつこのことを前提条件として、部分的非政治化・非対抗化(社会調和の原理)によって特徴づけられた利益民主主義(社会保障の原理)的な、一種の新しい社会契約を大衆側と相談して締結しなければならない。次には、予算議会という公共フォーラムを設け、さまざまな利益集団や政治勢力が、人民代表や世論を通して、しかも技術的な審議の手続に従って、そこで政策競争および妥協を繰り返して試みるのである。こうした結果、「市場のための計画」という形を取るような合理的な民主政治はしだいに現れてくる可能性がある。とはいえ、その雛形は、2005年の個人所得税改正ヒアリングおよび2006年物権法合憲性大論争のなか、すでに浮かび上がってきた。
市場と法治を結び付けて、しかも財政再分配を梃入れとしたところの政治改革は、経済の持続可能な発展という論理の延長線上で進み、公平で合理的な手続規則や議論と整合の解釈技法を最大限に活用し、以て国家体制転換のソフトランディングをはかっていくものになるであろう。しかし、中国の法観念、法知識および法専門職が、かかる時代の要望に充分に応えているかどうか、という問題はなお残されている。この見地からすれば、今後よりいっそう弁護士の権利擁護活動を促進し、裁判の独立を確保すべく、司法制度の刷新を徹底化させ、そのうえ法治に対する信頼および法治に基づく普遍的信頼を社会に醸し出すことは避けて通れない。
要するに、今日の中国において、全般で抜本的な法制改革は真の民主化の前奏であって、法治秩序が定着しないかぎり、安定した民主政治も成り立たない。ただし経験則により、民主化の圧力がないところでは、法制改革の深入りはさほど期待することができない、と逆にも言えよう。それゆえ、われわれは、やはり社会発展の両輪、あるいは自由の秩序のパラドックスといった視点から、中国の法制改革と民主化との関係および相乗作用を捉えるべきである。