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精神的に豊かな人々が増える今後がチャンス
雅馬哈(ヤマハ)電子(蘇州)有限公司/矢部俊彦 駐在の極意
蘇州の雅馬哈電子(蘇州)有限公司で3年間の総経理勤務を勤め上げた矢部俊彦氏がこの夏日本に帰ってきた。この矢部氏、実は帰任辞令をもらった時、ショックだったそうだ。彼にとって、この蘇州は会社の立ち上げから関わり思い入れも人一倍、仕事も生活も最高にエンジョイしていたからである。現地にも溶け込み、従業員たちとの信頼関係もできこれからという時期の辞令だった。今の中国は外国人にも暮らしやすくなっているとはいえ、日本人駐在員のなかには現地の生活に馴染めない人も多い。しかし彼の場合は異なる。中国が大好きなのである。
矢部氏の海外歴は蘇州が3番目。91年からマレーシア工場への長期出張支援で延べ2年半、99年からはフランスのアルザス工場駐在で3年間、ここ10年余りはほとんど海外勤務である。矢部氏は自分を適応性のある男と評する。その国がすぐ好きになってしまうのだと。
だから彼は蘇州に赴任すると即、外国人が少なく地元の人たちが暮らしている地域に移り住み、マレーシア工場時代に若干かじり始めていた中国語のレッスンを再開し、二胡を習い始める。夜な夜な蘇州の街を探索し、おいしい料理を食べさせてくれる店を片端から訪ね歩く。
彼は言う。「海外生活を無事に切り抜ける方法は、1に健康ですが、その次が現地に何人の友達が出来るか、現地の人とどれだけコミュニケーションがとれるか、現地に溶け込めるか馴染めるか、本当に好きになれるかどうかということです。生活を楽しめなければ仕事もうまくいかないと思います」と。
なるほど、海外生活の極意とは、現地の文化などをいかに吸収して楽しめるか、言葉、現地の風習なりを体験することにいかに喜びを感じられるかどうか、ということなのだと実感する。
話を当記事の本題に戻そう。
雅馬哈電子(蘇州)有限公司は2003年3月、“中国市場でのAV-IT製品の市場導入と営業活動の強化”を目指して蘇州にAV-IT製造工場を立ち上げた。材料は中国国内で90%を調達、立ち上げる際、材料の入手はできるだけ近くからということを目標にした。 ただしブラックボックスともいえるデバイス部分は日本のヤマハ本社で製造。それさえあればコピー商品はできないということになる。組み立ては当然中国の方が安くできるし、労働者は習熟も早いしまじめに働く。現在従業員は約600人。季節的に変動があり、12月に減り4、5月から増える。クリスマスが商売の山になるので夏場の7月から11月頃までが生産の山。2、3月には生産量が減るのでその時期に新商品のモデルチェンジをはかる。
従って、従業員には3、4ケ月の季節工的な臨時採用者も多い。最初の2年間は、中専と言われる日本で言えば工業高校のような学校の学生を企業実習生として積極的に活用した。企業は学校と契約し、学校側は学生一人約100元を徴収しそれで寮や保険を用意する。最近は失業率低減のため省政府機関の人材斡旋センターや民間の人材派遣業から紹介される派遣社員のような一般の短期契約が多くなったという。その中で優秀な人たちは社員として正式契約を結ぶ。
労働者とのコミュニケーション
社内での使用言語は英語がメインである。工場立ち上げの際の面接時、最初の何人かに会っているうちに彼らが意外と英語が出来ることを実感し、使用言語を英語にしようと即断した。結果、英語のほうが人材を幅広く採用でき、コミュニケーションがとりやすい、お互いにたどたどしくではあっても一生懸命会話しようとするところに、より相手のことを知ろうとする意欲が出てくるといった数々の利点が得られたという。 たしかに通訳を通せば、円滑な運営が図れるか否かは通訳の素質によることになる。直接会話できないことで相互信頼が損なわれる事態も起きてくることもある。雇用者である外国人がどこまで中国のことを理解してくれているのか不安にもなる。問題がおきて注意が必要になったときでも通訳を通してしていたのではやはり具合が悪いだろう。
俗に本当の意味で“ラオパン”と呼ばれるには10年かかるとよく言われる。何かあるとすぐに本社にとか本社がというのがあるが、うまくいかない例のほとんどがそれが原因なのだそうだ。雅馬哈電子(蘇州)有限公司では、従業員を代表する活動委員会を工会に昇格させようとしている。この工会との関係がおかしな関係になってしまうと、反日感情ともあいまって収拾がつかないという事態になったりする。日本人が中国人の従業員と普段いかにつきあっているか、が重要なのだ。「今度来た外国人は意外と良い人だ、つきあって面白い、自分のためになる、と思ってくれればきっと良い関係が出来る。この人は本当に中国が好きなのか、どれだけ信頼してくれているかというのは彼らにしたら肌で感じることだから」と矢部氏は言う。
総合力で推進する国内販売
販売の面では、当初国内国外半々の目論見でスタートした工場だったが、操業3年を経過した現在、まだその9割は輸出である。その原因はやはり中国の広さにある。中国に裕福な地域は結構たくさんできてきているが、いかんせんそれらが広く点在しているのが問題なのだ。そのため販売拠点の構築に時間がかかりまだ販路が十全ではない。拠点を設け展開を図っているが、代理店の中には当たり外れもある。偽物のブランドが横行していてうまくいかない地域もある。そして回収の問題もある。
ヤマハの商品は生活に必要なものではないが、あると豊かになるというものが多い。その代表商品がピアノだが、中国で売れているピアノは1台約1万元、ヤマハ製は約2万元である。AV製品は趣味の世界の商品だから音が良いとか何かプラスアルファがなければならない。コストダウンをはかる努力も続いている。
しかし矢部氏は一向に焦ってはいない。今後も急速な販路拡大はないだろうが“グループ”としての総合力で貢献していくから、着実に伸びていくだろう、と言う。
中国がより豊かになっていくと、金銭面での豊かさだけではなく、精神面での豊かさを持った人々がどんどん増えていく。ピアノ、AV製品、家具、スポーツ用品からヤマハ発動機といった製品をトータルに扱う“グループ”の力は、今後の中国国民により豊かな商品をトータルに普及し、豊かな生活や感動を提供していくことだろう。発展めざましい中国の人々の豊かな生活の実現を、その総合力で手助けする。リビングにはステレオやピアノ、そして各種のスポーツ用品、外にはモーターバイクといった風景がもうじきそこまで来ているのだ。中国はヤマハにとってこれからがチャンスの国なのだ、と。
明るい展望を語ってもらって終えようかと思ったこのインタビューだが、最後に問題点と感じていることを無理やり語っていただくことにした。曰く「中国に行っている日本の企業で最終的に勝ち残れる企業がどれだけあるのだろうかと危惧しています。加えて昨今の反日や反中の動きをなんとかしていかないとという思いも。民間企業レベル、個人レベルで中国の人たちと接してきた人間にとって、いまの日中間がおかれている状況は、とても辛いことだと感じています。そのうち他の国と中国の間の方が非常に良くなってしまい、日本が弾き飛ばされ孤立してしまうのじゃないかと不安を抱いています」。―――本当に、私もそう思います。
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