| なみかわかほこの「私と中国の30年」(5) |
一衣帯水だが発想は全く別物
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中国の店員との交流
1980年代、中国には日本のように写真が多く、紙質もよい、綺麗な雑誌はほとんどありませんでした。
中国の雑誌は薄ペラなものが多く、字は小さく挿絵や写真は白黒で、カラーページはほとんどありませんでした。
ある日、レストランで注文後の待ち時間を潰すため読んでいた日本の女性雑誌が思いがけない役割を果たしてくれました。
その日本の雑誌の豪華さに中国の店員達は興味を持ち、見せて欲しいと頼んできました。
「いいよ」と食事を早く持ってくる事を交換条件に雑誌を見せました。
この事がきっかけでウェイトレスさん達とも世間話ができ、ホテル内の理髪店の人達とも仲よくなり、こういったちょっとした行動が、私の中国社会、中国人の発想への理解に訳立ちました。書籍にはない、生きる授業である。
休日には人の多い街に出て、市民の生活・考え方・風俗・習慣などを少しずつ学ぶように努めました。
そんな中で、私はある結論を得ました。
それは、中国は「貧しい」という一言でした。 ただ生活だけの貧しい事ではなく、社会全体の、深層の貧しさである。
サービスが悪い、いや、サービスをしないという方が正確で、主因は競争がない事にある。
競争は人間の頭脳を刺激し、人類の進歩を促進する起爆剤です。
当時、なぜサービスは、それほど怠慢していたのか、それは中国では、みんなが同じ給料で、働いても働かなくても同じだからである。
競争する必要もありませんので、日本人のようには頑張れないのです。
当時よく聞かれたのは、「20年間月給も上がっていない、物価も上がっていない」ということ。
人間として働ける年数はせいぜい50年間でしょう。20年間にわたって給料が上がらない。これが人生にとって何を意味するのか。意気込みが上がらないのは当然でしょう。
また貧しいから教育レベルが低い。
だから、新製品の開発能力も不足し、品質も悪い(でも売れる。それしかないから)。
魔法瓶やカバン、時計、自転車などの日常生活用品の様式も数十年来変えられた事がなく、その悪循環の波紋は無限に広がっていく。
90%以上が国営、計画経済が人間の意識をそうさせるのか?
私の目から見た当時の中国は貧しさが根本になっていると思いました。
人間にとって競争がないという事は一番の害であると考えます。
人間は「欲」という宿命で成長するものだと私は思いますし、いつかは中国にもこの「競争の原理」が働く日が来るであろうと祈ったほどです。
日本と中国は一衣帯水の仲だといわれております。
日本の文化、経典、文字、呉服などは中国から伝わったのに、両国の発想はなんと違うのか、また特に、日清戦争、日中戦争で、日本は中国に対し計り知れない損害を与えた事などを考えた時、日本と中国双方の話し合いの重要性を痛感しました。
この思いに至った時、私は以前のように腹が立つことも少なくなり、語学を生かして、日中両国の友好と理解のかけ橋になれないかと心を新たにしました。
その後、中国では計画経済から市場経済に転換し、競争メカニズムも導入され、人々の競争意識も増強されています。中国の経済も活気づき、品質も向上し、物も豊富になり、かつ、人々の生活も豊かになり、ライフスタイルから考え方まで変化が起こりました。
物不足の時代が過ぎ去り、今では、お金があれば、何でも買えるようになりました。
私は中国にこのような生活が訪れて、とてもうれしく思います。
(2003年6月出版「私と中国の三十年」より) |
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