なみかわかほこの「私と中国の30年」(3)    
通訳は言葉の問題だけでは済まない
初めての通訳から
 日中航空協定締結に伴い、中国から百名の代表団が来日することになった。
 これは、中国から日本への訪日団としては戦前、戦後にない大規模なもので、通訳も総勢十人が必要となった。
 知人の紹介で私もこの通訳の一人に入れて頂くことになりました。もう相当古い話で、記憶の定かでない部分もありますが、心に刻まれた出来事がありました。

 それは、百名の代表団が大阪入りした日、確か1974年9月29日のことでした。
 ちょうどその日は中秋の名月。大阪の有名な某ホテルでは、私もこれまでに見たことのないような立派な塗物のお重に入った和食弁当が昼食に供されました。
 代表団の方々は静かに食べており私達随行員は同席ではありませんでした。
 私は、ふとお客様の静けさにハッとし、このお重には、刺身、酢の物、煮物、など汁碗には名月にちなんだ丸い豆腐が浮いており、見た目は彩りも良く、とても美しいが、中国料理に比べると分量も少なく、まさに見るだけのものという印象がありました。
 
 中国の方は多分、この料理を見ても日本の食文化、器の美しさ、盛りつけなど理解することはできないのではないかと思った。
 早く、誰かこのお膳について説明をしてあげなくては、せっかくの日本側の好意も高価な食事も、相手側に伝わらないのではあまりにも残念ですし、そればかりか、逆に一国の代表団に対してこんな粗末な接待とはと思われ、悪影響につながっては大変だと思い、思い切って接待側に私の考えを伝えると
 「よく気がついてくれた、すぐお客様にその説明をして欲しい」と言われたが、十人の通訳の中では駆け出しの私。先輩がたを差し置いてと、気が引けましたが、
 「あなたが気付いた事だから、早く言わないと食事も終わってしまう」とせかされました。

 結局、私は勇気を出して団長のテーブルへ行き、日本のお重の説明をしました。
 乏しい知識ながら、日本料理は一人前ずつ分けてある事、盛り付けは山水画のように立体感を出している事。本日は中秋節にちなんで吸い物には明月が表現されている事。
 とくに日本料理は季節感を重んじる事を説明しました。
 すると、私の説明を聞かれた団長はとても喜んで下さり、
 「そうだったのか、早く言ってくれれば、もっと楽しんで食べたのに。」 そして団員に向かって
 「日本料理をよく楽しんで食べるように」と言われた。

 この事があって、通訳とは言葉のみを双方に伝えるだけではいけない、その背景にある日本の文化、風習、人情なども相手国に紹介し、相互の理解を深める手助けもする仕事だと、その重要さを改めて知りました。
 同時に、人生において勇気と信念をもって生きることの大切さも再認識しました。
 通訳という仕事によって、私は実に様々な知識も得ることができ、また、とても好きな仕事でもあります。
                         (2003年6月出版「私と中国の三十年」より)