はらだおさむの体感的日中経済貿易小史
       
あのとき・あのころ
第一部
   
(15)文化大革命<2>−「毛沢東語録」
 「山福ニュース」の67年1月号から6ヶ月、その第二面に「毛沢東語録から」という紹介欄がある。
 これを始めるにあたってわたしは次のように書いた。
 「・・・わたしたちは事業経営者または会社員であり、共産党員でもなければ中国人でもありません。しかしながら、いま文化大革命の推進者として活躍している毛沢東の語句は、人間を知りつくし、万人に共通する事柄を平易に説いていることがわかります。
 ・・・今月より数回、わたしたちの仕事に必要な語句を掲載し『活学活用』することにしました。掲載にあたって理解し易いように、例えば『われわれ共産党員は・・・』を『当社の社員は・・・』と一部の語句を改めています」
 
 これがのちほど日中貿易業界で問題になった。
 毛沢東語録の改ざんであり、修正主義であると。
 まるで戦時中「教育勅語」を改ざんした、不敬罪にあたるかのような非難であった。
 
 中国では電話で名前を言うときに、たとえばわたしの原田 修なら「原則の原、田地の田、修理の修」というのだが、「修正主義の修」か、といわれるのには正直のところ参った。
 以下、「修正主義者」のわたしが改ざんした、「毛沢東語録」のいくつかをお見せする。
 
●われわれの商売に必要とするものは、熱烈であるが沈着な態度と、緊張しているが秩序のある活動である。

●調査とは「10ヶ月の妊娠」のようなものであり、問題の解決とは「ある朝の分娩」のようなものである。調査とは、つまり問題解決のことである。

●販売競争は客を招いてご馳走をすることでもなければ、文章をねったり絵をかいたり、刺しゅうをしたりすることでもない。そんなにお上品で、そんなにおっとりした、みやびやかな、そんなにおだやかでおとなしく、うやうやしく、つつましく、ひかえめのものではない。
 販売競争は苛酷なものであり、一つの販売ルートが他の販売ルートを打ち倒す激烈な行動である。

●われわれは自力更生を主張する。
 われわれは外からの援助をのぞむが、それに依存してはならず、自分の努力に依存し、全社員の創意性に依拠する。

●われわれ幹部は、困難な時期には成果に目をむけ、光明に目をむけて社員の勇気を奮い起こさなければならない。

●「目をつぶって雀をつかまえ」、「めくらが魚を手さぐり」するように、おおざっぱな、なまはんかな知識に満足する、こうした非常に悪い態度が当社の多くの社員たちの間に存在している。
 われわれは主観的な願望から出発するのではなく、客観的な真実の状況から出発して、状況を真面目に研究しなければならないのに、当社の多くの社員たちは、この真理にそむいている。

●問題が山積みになり、かずかずの混乱をひきおこしてから、その解決にあたるのであってはならない。幹部は仕事に立ち遅れてはならず、必ずその先頭を行かねばならない。