| 周 紅子の中国レポート(33) |
米国ケンブリッジの中国語教育プロジェクト
フリージャーナリスト 周紅子 |
急速に経済力を付け国際的な影響力を高めつつある中国の現状をどうとらえ、中国とどう付き合うか。米国はいま「チャイナ・インパクト」への対応をめぐってさまざまな取り組みが始まっている。この流れの中、マサチューセッツ州ケンブリッジで進む公立学校を対象とした中国語学習プロジェクトは、全米で一歩先んじる試みとして注目を浴びている。
ハーバード大学のキャンパスに程近い公立ドクター・マーティン・ルーサー・キングジュニアスクール、通称キングスクール。黒人解放運動の指導者キング牧師の精神を受け継ごうとその名が付けられた公立校が、ケンブリッジの中国語学習プログラム「Ni Hao(ニイハオ=こんにちは)プログラム」の舞台だ。
「ラオシー、ニイハオ!(老師、?好=先生おはようございます)」。子供たちは廊下ですれ違う中国人教師に、ごく自然な中国語で話しかけている。「イー、アール、サン、スー、ウー(一、二、三、四、五)」。教室で繰り返される子供たちの発音練習の声が、廊下まで響き渡ってくる。低学年の生徒はまず中国語の発音表記である?音を学び、続いて漢字の読み書きに入る。アルファベッドはお馴染みの米国の子供たちにとって、アルファベット表記の?音の学習は、執りかかり易いからだ。
6歳の息子を学校まで送りに来た母親は、「うちの子は習い始めて数カ月で簡単な会話ができるようになり、漢字も少しは読めるようになったのよ」と満足げだ。「中国語を話し、中国文化を理解する人材がこれからは求められる。中国語ができることが子供の進学や就職に有利になるとの話を聞いた」(3年生の男子の父親)など、保護者の評判も上々だ。
子供たちの絵が満面に張られた廊下を歩くと、各部屋のドアには「圖書館」「歓迎」といった中国の漢字による表示が続く。校舎外壁の一角には、中国伝統の張子の舞い竜を支え持って歩く瞳の色、肌の色、髪の色も様々な子供たちの姿を描いた色鮮やかな壁画が映える。校内いたるところに中国の絵、文字、写真、民族の手工芸品が飾られている。
ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学を擁する学園町ケンブリッジには、中国大陸、台湾、香港など中国語圏からの留学生、研究者とその家族が数多く居住している。「ニイハオプログラム」は1995年、中国語を母語とする子供たちの英語学習環境への順応を手助けするためキングスクールで始まった。やがてわが子に中国語を学ばせたいという一般の保護者からの要請が高まり、現在キンダーガーデンから8年生、日本でいう小学校1年生から中学3年生までの約200人が月曜から金曜まで毎日30分ずつ中国語を学ぶ。
同校に在籍する中国語圏出身者数はいま全校児童生徒の約18%を占めている。残りの82%の大半がキングスクールに入学して初めて中国文化に直に触れることとなったケンブリッジっ子たちだ。中国人教員の指導で、中国語のシャワーを日々浴びている。
「子供たちは英語を学び、中国語を学び合う中で新しい文化に出合い、付き合うすべを学んでいます」。肩までのブロンド髪に臙脂色のチャイナブラウスを着こなしたキングスクールのキャロル・L・ミラー校長は言う。「中国語を話す人口は世界一多く、中国語を使う機会は今後ますます広がります。毎日の授業に中国語を取り入れている学校は、ケンブリッジではわが校一校、全米でもほんの一握りです。中国語学習の先駆け校であることを、たいへん誇りに思っています」。
ケンブリッジではこのほどさらに、公立校を対象とした中国語学習カリキュラムの一層の導入と拡大とをはかる「Peng You(ポンヨウ=友達)プロジェクト」が始まった。キングスクールと隣り合う公立アミーゴスクールでは2001年から一週間一度の中国語授業が行われている。これに続き、今年9月の新学期からケンブリッジの公立高校としては初めて、リンジ・ラテンスクールで中国語授業が始まる。初回の実施期間3年間で総額90万ドルの連邦政府助成金を得て始まった「ポンヨウプロジェクト」は、全米に通用する中国語学習・教育モデルプログラムを確立させることが狙いだ。プロジェクトの一環として、中国語を学んできたキングスクールの最高学年8年生の中から選ばれた生徒6人が、6月2日から9日まで、中国の上海、杭州に研修旅行に行ってきた。
「私は中国語を話せます」。背筋を伸ばして堂々と話す8年生のイディアは、この第一次研修旅行の派遣生徒の1人に選ばれたアフリカン・アメリカンの少女だ。中国語で杭州の中学生と話しができたことが、何よりうれしかったという。
イディアのクラスの中国語授業を担当するのは、キングスクール勤務8年になる施祖慰先生だ。9月の新学期から新たにリンジ・ラテンスクールの教壇に立つ施先生は、「ケンブリッジの中国語学習プログラムはこれで小学校から中学校、高校まで広がった。米国中央政府が中国語学習推進に本腰を入れ始めた意義は大変に大きい」と感慨深げだ。「ケンブリッジは中国語学習モデル地区として、政府から絶好の条件を与えられた。広くケンブリッジ市民にプロジェクトについて紹介し、地域ぐるみで子供たちの中国語学習を支えていけるよう輪を広げたい」。
同プロジェクト実行支援団体の一つ、ハーバード大学フェアバンクセンターのロン・スレスキー博士は、英語はもとより日本語、中国語に長けた語学のスペシャリストでもある。「IT時代に入り、子供たちはインタ−ネットを駆使して学ぶ力を兼ね備え、驚くほどのプラス効果が上がっている」と現代っ子の語学学習の好条件を述べながら、「従来、米国の外国語教育は、ラテン、フランス、ドイツ、スペイン語を主としていた。これらの言語が西側の文化の土台であると考えられてきたからだ。実際、統計上ではいまも米国の大半の学校の外国語学習で主流となっているのはこれらの言語だ」と語る。
しかし時代は変化している。「中国はようやく米国にとって“普通”の国となった。米国人が普通に訪れ、友達をつくり、旅行できる国となり、米国人が歓迎されるようになった。中国は活力とチャンスに満ちた成長する国として、米国市民を惹きつけている。米国で暮らすアジアの人々が増え、アジア人の米国社会での貢献度も高まっている」。中国が世界で最も経済成長すると展望され、アジアの言葉の中でもとりわけ中国語の有用性が高まったいまこそ中国語を学ぶ絶好の時機であると、スレスキー博士は力説している。 |
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