周 紅子の中国レポート(27)     
 「先富論」から「共同富裕」へ −中国で策定中の第11次五カ年計画に関する日中議論交流
周  紅子
 
 「この子のためにもまた上海に戻って働きたい。ふるさとは稼ぐあてがなく、子どもを学校に通わせることも出来ないから」。上海駅の長距離列車出発改札で出会った貴州省の農村出身の女性はそう言いながら背中におぶったわが子を見やり、プラットホームへと歩き出した――。中国では地域間格差、国民の間の所得格差が著しく、2004年の統計で一人当たりGDPを見ると全国で最も高い上海市が最も低い貴州省の約10倍にもなっている。豊かな生活を求めて農村から都市へと移動する出稼ぎ労働者は、公表された政府の統計では全国で一億四千万人にものぼるものの、都市での生活環境上の保障が充分にないまま、不安定な暮らしを余儀なくされている。この問題を中国はどう捉え、どう解決をはかっていこうとするのか。

中国の2006年から2010年までの国家運営の指針となる「第11次五カ年計画の策定に関する提案」(以下「提案」)が、2005年10月に行われた中国共産党第16期中央委員会第5回全体会議で公表され採択された。第11次五カ年計画策定メンバーの一人である徐林・中国国家発展改革委員会副司長が11月来日し、東京で開かれた日中フォーラム(主催・特定非営利活動法人日中産学官交流機構)の席上、策定途中にある同計画の内容について紹介した中で、国民の経済格差の現状と分配のあり方について言及した。

徐氏は、第10次五カ年計画期(2000〜2005年)についてGDP成長率、国民一人当たりの所得、輸出入総額がそれぞれ飛躍的に増大し経済・社会発展で大きな成果を収めたと評価する一方、地域格差、環境、公教育や公衆衛生の面で様々な課題を残したと述べた。

とりわけ近年懸念される国民間の格差の問題について「提案」では、「公共サービスの配備を農村に拡大する」方針を初めて明確にした。「都市と農村の発展が不均衡であり」、「所得配分における矛盾が多い」と現状分析した上で徐氏は、「より高い成長率を維持して雇用の拡大をはかりながら、所得配分、税収制度と公共サービス配分のあり方を変えていくことが重要である」とし、都市と農村の公共サービスの格差是正、低所得者救済を行い、調和のとれた社会の達成を目指すと説明した。

同フォーラムのディスカッションでは、元経済企画庁事務次官の星野進保氏が意見を述べた。星野氏は、ケ少平氏が1992年に行い中国の経済発展加速のきっかけになったとも言われる「南巡講和」の中のいわゆる「先富論」とされる部分、「条件のあるところから先に豊かになればよい。その後で遅れた地域も引っ張られて豊かになる」「社会主義制度は両極化を防ぎつつ避けることができる」との一節を取り上げた。「中国はこれまで高度成長、生産のメカニズムを市場経済でうまくつくってきた。次の第11次五カ年計画の大きなテーマは東と西、都市と農村の格差をバランスさせて行くチャレンジである」と述べた。

その上で「末端の住民の意見を反映させる仕組みをつくることが必要であり、公害、住宅、土地の収用といった問題について住民が納得することが非常に重要な社会に中国もいよいよ飛び込んだ。それを次の5年間でどのくらい整備するのかが課題である」とした。

北京大学中国経済研究中心教授の周其仁氏は、「中国の経済は現時点で、そして今後の長い段階においても主に競争におけるコストの優位性に依存する」と展望した。同氏によると改革・開放当初の1980年に、中国の労働者一人当たりの平均賃金は、欧米先進国の労働者の約1%であった。2002年現在でもなおアメリカの労働者の平均賃金は、中国の製造業労働者の30倍になっている。「労働者の低賃金、農民の低収入、インテリの低収入が国際舞台での競争力の優位性であった」ことに加えて、政府の対外開放政策、教育と技術進歩が一体となって中国の今日の国際競争力を形作ったと力説。「中国の直面する課題は多岐にわたっているものの、最も重要な問題は中国の持続的な国際競争力を保つことある。これがなければその他の問題の解決はいずれも必要条件を欠くことになる」「中国はまだまだ生産に力を入れるべきであって、急いで重点を再分配のあり方に移して行く必要はない」との見解を示した。

内閣府経済社会総合研究所特別研究員の田中修氏は、「提案」の最重要キーワードの一つとして「社会主義の調和のとれた発展」を取り上げ、これは「共同富裕つまりみんなが豊かになる社会を目指すものだ」と説明。「社会の弱い部分により目を向けるという政策の重点化は2003年から新指導部(胡錦涛総書記、温家宝首相)によって始まった」とし、同年のサーズ(新型肺炎)の大流行が中国に潜在していた経済と社会のアンバランス、都市と農村の発展のアンバランス、都市の中の貧困問題を顕在化させたことで「アンバランスな発展の問題について(政府が)全面的に取り組まざるを得なくなった」と背景を分析した。

その上で、共同富裕実現の最重要課題が分配の問題であるとし、財政的手段と社会保障が解決の手段として考えられる中で、「農村に非常に負担がかかる現行の税体系を、今後は都市と農村をトータルに考えた所得税制にしていくこと」、また社会保障問題として「最低生活保障を政策的に都市、農村を通じてきめ細かく構築すること」が、分配問題を解決、緩和してくことになると強調した。さらに外資への対応では、ハイテク産業や技術移転型産業誘致への過度な傾斜を避け、「雇用吸収や地域の活性化への貢献度の観点でも外資のガイドラインを作ってほしい」と期待した。

ディスカッションの司会を務めた東京経済大学助教授の周牧之氏は、「提案」が総じて中国社会、経済が直面する問題を明らかにしたものであることを評価しながら、「中国の競争力を安価な労働力から旺盛な企業家精神へと移譲し、都市への人口移動に適切に対応しながら農民や農民工の生活レベル向上をはかることが肝要である」と述べた。

今回公表された「提案」(正確には「第11次国民経済・社会発展五カ年長期計画策定に関する党中央の提案」)は今後、全国人民代表大会での議論と採択を経て施行されることになる。今回の日中フォーラムは、策定途中にある同計画の内容を公開し、方向性について中国の計画策定者と海外の有識者とが公開議論交流する初めてかつ画期的な試みとして、内外の高い関心を集めた。