阿拉上海人(2) アラサンヘーニン<私たちは上海人> 
上海飛翔日本人補習中心校長 松村浩二     
上海交通事情考 

前回の原稿を書き上げた前夜、私はあやうくベンツにひかれそうになった。古北の夜の写真をとろうと、信号付近でカメラを構えていると、そこへ警笛を鳴らしながら一台のベンツが突っ込んできたのだ。間一髪で事故を免れた私は、安堵のため息をつくやいなや、猛烈な憤怒に駆られて、そのベンツを追っかけた。幸い、すぐ前の駐車場で停まったので、一言物言うために、降りてきた運転手と対面した。私が自己抑制して英語で静かに注意すると、彼いわく、「ここは中国だから車優先。嫌だったら自分の国へ帰れ!?」と来た。この言葉に切れた私は英語でまくし立てる。相手も英語で応じるものだから、お互いへたくそな英語でわけの分からない状況になってしまった。最後は保安の仲介もあり、結局、その場は事なきをえた。
そうなのだ。確かに中国は今「車優先」の社会なのだ。とりわけ、ベンツなど外国車で傍若無人とも思える運転をしている輩が多い。無論、ほとんどの自動車は社用車だろうから大手企業の総経理やオーナーが直接自分で運転しているわけではない。問題は雇われ運転手や中小の成金社長たちである。彼らには交通道徳というものが希薄だ。マンション敷地内も日本国内なら時速10km以下といった制限速度のルールがあるが、ここにはそんなものはない。子供が遊んでいる敷地内を平気で30kmくらいで走り去るのは当たり前。信号はあっても、左折優先(日本は直進優先)だし、人や自転車がいるのもほとんど無視して平気で右折(米国と同じで信号に無関係)してくる。ここ10年間で急増した自動車と交通インフラ。そして、それに追いつかない交通モラルや社会倫理。中国全土で交通事故が急増中だが、大都市上海はその典型である。
実際、上海の交通事故は実に多い。それでも死亡事故などの重大事故を目の当たりすることは限りなくゼロに近い。が、ある日曜日買い物に行った福州路で、その限りなくゼロに近い重大事故に遭遇してしまった。
福州路は古くからの有名な文化街である。今では地下鉄の人民広場駅近辺が都市開発によりこざっぱりと整備された。人民広場から外灘に向ってまっすぐに伸びる通りが福州路だ。京劇の劇場、文具品、本屋と共に、多くの飲食店も立ち並び、南京路にも負けない通りである。この通りの外灘よりに、行きつけの国営の紙屋さんがあり、ここでカラーペーパーをいつも購入している。事故現場はこの紙屋のすぐ前の交差点で起きた。紙屋のすぐ前は仁斎路といい、その路地に面して病院があり、この方向から二人乗りのバイクが信号無視をして福州路に飛び込んできたのだ。その方向からだと、左手にある紙屋がちょうど死角になって外灘方向から来る自動車が全く見えない。したがって細心の注意を払って横断するべきなのだが、この二人、ヘルメットもかぶっておらず、しかも信号が赤になったにも関わらず交差点に飛び込んでしまったようだ。ほとんどの自動車が黄色信号の状態で交差点に飛び込んでいくのが当たり前なのだが、運悪く、ちょうど黄色信号から青信号に変わろうとしたところで交差点に進入してきた公共バスの左前方の角に運転手が頭をぶつけてしまったらしい。
あたった瞬間、大きな音がして、すぐにあちこちから悲鳴が聞こえた。私はちょうど店員のおばさんに100元札を渡したところだったが、事故の瞬間、お店の人全員が外に飛び出してしまい、私もそれにつられて外に出てみた。すると、一人が倒れた人の名前を大声で呼びながら、体を揺り動かしている。私は事故現場から15メートルほど離れたところにいたが、バイクの前輪が壊れ、倒れたままの人は微動だにしない。ちょっと角度を変えて見ると、バスの車輪のところが血で染まっている。瞬間、鳥肌が立つと同時に吐き気がした。
現場を取り囲むようにできた人だかりの真ん中で、一人の男が動かなくなったその人を抱きかかえて、すぐ横の病院へ小走りで向かう。後に残されたのは、人だかりと警察官2名、そして物凄い渋滞。
それにしても、この事故の原因は実に単純明快だ。信号無視。日本では当たり前のように罰金対象になるこの違法行為が中国上海では当たり前のように日常化してしまっているところに一番の原因がある。メインストリートに信号が設置された今でも、古くからの習慣や、信号のない田舎での慣習からか、非常に多くの人々が平気で信号無視をしている。次に、バイクに乗った人間がヘルメットを着用していなかったこと。恐らくこの手の事故であれば、ヘルメットを着用していれば脳しんとうくらいで事なきを得たはず。しかしながら、ヘルメットを着用せずバイクに乗る人は数限りなく、何の安全措置もとらずに子供をバイクの前方後方に同乗させるのも当たり前。そして3番目に、事故後の処理。一人が動かなくなった人を映画の場面よろしく、大声で叫び揺り動かし勝手に抱きかかえていった。この愚かな行為で彼の死亡率は格段にあがったはず。日本ではとりあえず救急車が来るまで止血を施し、勝手に動かさない、が原則。ところが、中国では映画やドラマの悪影響からか、あるいは、救急医療の啓蒙活動の不足からか、事故者に対して適切な処置が施されていないような気がする。
たしかに、交通インフラの面では信号の取り付けがこの8年間で急速に進められたが、国際都市古北で最近になってようやく信号の取り付けが完了したほどである。大通りで信号がない場所は、道を横切るのは今でも命がけだ。最近でこそ、横断歩道や交通信号が設置されて、交通指導員が常駐しているおかげで、横断時のストレスがずいぶん減りはしたが・・・。
そのようなハード面の整備に反して、上海人(地方からの人々を含む)は交通ルールには実にアバウトのままである。先日、街中の横断歩道を信号無視で渡ろうとした女子大学院生が罰金支払いを拒否した上、警察に暴行を加えたとして逮捕され拘留された事件があった。市政府の交通ルール運動強化中のことで、ある意味、象徴的な事件であったが、今でも上海で交通ルールがいかに遵守されていないかを物語る事件といえる。
いずれにせよ、上記の事故、事件の目撃者は多くの教訓を学ぶことができるはずだ。それにもかかわらず、信号無視は一向になくならず、事故発生率も下がらない。これはすでに個人道徳の問題ではなく、大きな社会問題なのだ。車社会に突入していく中国社会の生活者たちは、己の意思とは無関係に、そのような状況の中に組み込まれていくしかない。だとすれば、そのような状況の中で適切に振る舞い、処理する知恵と行動力とを養っていく必要がある。
この8年間で市内市外を問わず、物凄い勢いで道路網が整備された。同時に、自動車業界は活況を呈し、今では巨大市場を形成している。それに伴い、自動車関連産業も急速に成長し、部品販売店、清掃会社、修理工場、ガソリンスタンドなどあっという間に普及してきた。ところが、彼らは自動車業界が拡大することのみに腐心し、自動車が上海の社会に何をもたらすのかについてはいさかか無関心であった。建築ラッシュ、都市インフラ、市場経済化を優先するあまり、交通道徳教育や規範精神の啓蒙や教育が立ち遅れてしまったのがこの8年間の上海ではなかったかと私は思っている。